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製本から本文の細部に至るまで綿密に、読者の網膜を通り越して直接脳裏に鮮やかな情景を映し出すように鮮明に浮かび上がっていく空間が特徴的な本作。シンプルなシナリオ構成でありながら、初めから終わりまで淡々と、滞りなく、それでいて鮮やかにふたりの関係性を描き出す。 特に、ヒロインの野枝美の(概念的な)美少女ぶり、その描出の隙の無さ、翳りのなさは見事と言わざるを得ず、主人公の少年に深く深く刻みつけられていることが容易に想像でき、かつ、ふたりの微妙で絶妙な関係をより一層、限られた時間の中での儚さを添えながら煌びやかに描きとるといった手法には驚かされたし、何よりあまりにも緻密な描写で圧倒された。箱庭のような、鳥かごのような一種の閉じた世界を想起させつつも、小説が進むにつれて広がっていく星空のような開けたほのかな輝きをも包含している小さな宇宙のような小説。 | ||
タイトル | ウィンダーメアの座標 | |
著者 | 灰野 蜜 | |
価格 | 900円 | |
ジャンル | 純文学 | |
詳細 | 書籍情報 |
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何気ない日常が点々と続いていく中、最後の最後でその全体像が明らかになるという仕組みの連作短編集。その仕掛けについてはここでは述べられないのだが、中心となるキャラクターの造形、その表情、時系列と共に進展していく周囲の人間関係の描写が細かくリアルであるのに対し、「彼女」の作り込み方に対する異様なまでの熱量が、かえって「彼女」を得体のしれない何かへと昇華させてしまっている。淡々とした文体の上に築かれる、一本の巨大な槍のように強固で揺るがない「ごうがふかいな」に、作者の本田そこ氏自身の熱意とエッジと並々ならぬ情念を感じる素晴らしい一冊。 | ||
タイトル | Nearby Monitor | |
著者 | 本田そこ | |
価格 | 400円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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平成23年3月11日、東日本に文字通り激震が走った。Mw9.0という俄かには信じがたいエネルギーを持つ超巨大地震が、日本の半分以上を襲い、中でも東北地方の太平洋側は津波によって甚大な被害をもたらした。 震災の前の風景と、その後の風景。特に様変わりしたのは、言うまでもなく東北地方の太平洋側である。本作品は、震災を機にその後の東北について興味を持った女子大生2人が、被災地と呼ばれる地域を巡るという青春ロードストーリーと銘打たれている。確かに、彼女たちの青春の一場面を描いているという側面もないわけではない。しかしながら、この作品をほんの少しでも読んでみればわかると思うが、それはひとつの側面でしかなく、主軸となるものは震災後の被災地のすがたとそこで暮らしている人たちのありようだ。筆者はこれを現実以上に克明に描く努力を惜しまない。ただその現実だけを伝えるのであれば、統計情報や地図データを比較して、しっかりとした根拠を示しながら論理的に展開していく方がいい。しかし、この作品はあくまで小説、創作のいち形態に則った形でつづられている。それは、被災地の現状やその中に息づく人々の風景や暮らし、その感情の機微を、読者に最も臨場感ある形で、かつ、多角的に描くことが出来るのは小説しかないからである。 だからこそぼくは、この作品について、あえて「震災"啓発""小説"」と題したい。彼女たちのキャラクターやシナリオは、もちろん必要不可欠な要素ではあるものの、それ以上に被災地の「生以上に生々しい」空気というものをぼくらの前に鮮烈に見せてくれる。 彼女たちの旅を通して、あなたは何を考えますか? 筆者の今田氏の問いかけ、それがこの小説の本質なのだろうと思う。 などと、ぼく自身、ここで描かれているところとは別の被災地の出身なので辛気臭く書いてしまいましたが。 どことなくお勉強やお役所的な形で紹介してしまいましたが、旅をしているふたりの女子大生の関係性や距離感なども同様のタッチでなにげなく描かれていてそこもまた読みどころではないかと思います。 旅がしたくなる、そんな作品です。 | ||
タイトル | イリエの情景 〜被災地さんぽめぐり〜1 | |
著者 | 今田ずんばあらず 小宇治衒吾 | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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宗教国家の中枢に据えられた、三組のきょうだいの愛憎が織りなす、和風ファンタジー。 和風ファンタジーという基本フォーマットながら、かれらの物語の舞台となる国は、さながらディストピアSFにも似た平穏と狂気によって動かされており、物語終盤で静かにカタストロフィを迎える。 ファンタジーという、幻想を主体として語られるこのストーリーは、天衣無縫にして明鏡止水の輝きを持つ著者の文体によって、それ自体の寓話性を鮮やかに照らし出し、極めて緩やかに、しかし確実に読者を深い深い絶望の底へと連れていく。舞台となる国が持つ社会が放つ醜悪さと、そこから人々を、そして愛するひとを救い出したいという純粋すぎる思いを抱きながら、彼は淡々と国を、ひいては神をも殺そうと孤独な闘いを繰り広げる。その結末は、みなさんの目で確かめていただきたい。きょうだいたちは、何を愛し、何を選び、そして何を捨てていったのか。それ自体が、この作品が放つ最大のメッセージであるように、ぼくは思う。 また、この作品は著者である咲祈氏の中でもとりわけ氏自身の特徴ある文体とその精緻な世界観の構成、また厳しくも美しい描写など、いわば「咲祈イズム」とでも言うべき独特の世界観が最も強く表れている作品であると、個人的ではあるが追記させていただきたい。 厳しさと冷たさの底に一瞬だけきらりと光る救いを求める人に、本作を薦めたい。 | ||
タイトル | 空人ノ國 | |
著者 | 咲祈 | |
価格 | 600円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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磨き上げられた文体で、精緻で冷徹にひととそうでないものの感情を描きながら淡々と綴られていくディストピアSF連作短編集。その5つの短編は、ひとつひとつが正確に面取りされた板のようで、5つ揃うと何かを入れることのできる匣のようなものになる。全てが同じ長さで尺取りされているので、見た目は綺麗な立方体だ。だが、上から覗いたとき、読者は一体何を目にするのだろうか。 ちなみに、ぼくにとってこの作品は、こちらが反射してくっきりと見えるほど綺麗に磨き上げられた鋼の匣だった。 労働力として、そして愛玩用として、まさに生ける奴隷として作り出された人造人間《オルタナ》。寸分の狂いもなく生み出され、管理され、そして壊れて消えていく彼らは、労働に身をやつす我々そのものを模しているのかもしれないと、読んでいてそう思った。 必死に愛、もしくは愛に似たやすらぎを得ようともがいている姿は、階級市民《シヴィタス》たちと対になり、作中の虚ろな社会を合わせ鏡に放り込んだようにおぞましいほどに反射させ、増幅させて克明に描き出す。 作品の底にたどり着いたとき、そこには何も入っていなくて、入っていたのは他でもない自分自身で、その人型の姿が無限に増殖してどこまでも広がっていくようにぼくには思えた。 文体・世界観・文章構成そのどれもが精密に組み上げられていて、作品自体に深い没入感を得ることのできる稀有なファンタジーとしても読むことが出来る。その完成度は非常に高く、ぼくがこれまで読んだ同人作品の中でもとび抜けて美しい作品だ。著者の文体の強みを生かしながらここまで作り込まれた空間は、それこそ著者自身の強い想いがあったのだろうと推察できるし、だからこそ作中の人物にも美しさと柔らかさを両立させながら、この作品を完成させることが出来たのだろうと思われる。 完成されきった美しさを誇る一冊。 水槽やガラスケースのような、「匣」を愛してしまうような人にこの作品を強くお勧めする。 | ||
タイトル | ファントム・パラノイア | |
著者 | 咲祈 | |
価格 | 700円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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深海と神話、このふたつの間に横たわっているものは多いが、なかでも最大の共通点は、「ひとが主人公たり得ない世界」であるということではないかと思う。そんな非人間的指向を強く持つ本作品は、合同誌であるがゆえの持ち味をふんだんに生かして、それぞれの寄稿者たちが一斉に、ヘビーメタルバンドのようなパワープレイを披露しつつ、互いの良さを消さないまま、合同誌としてのまとまりを築き上げているのだ。 同人誌を真面目に読んで、その感想を真面目に書き続けてもうすぐ100冊を数えるが、この作品以上に洗練され、完成された合同誌はほぼないといっても過言ではないように思える。深海についても神話についても、ぼくのようにまったく何も知らない人間が読んでも、造詣の深いものが読んでも、そしておそらくは「かの住民」が読んだとしても――この作品は面白いものに仕上がっているし、そうするために細かい努力と綿密な調整がなされてきたのだろうと思われる。先ほどのバンドの例になぞらえれば、さしずめ至高のアルバムといったところだろう。 同人誌で、かつ合同誌であることを極めきったひとつの姿がここにある。 七者七様の群青には、溺れることしかできない。 限りになく黒に近い、どこまでも広がっていく群青を感じたい方にお勧めの一冊。 | ||
タイトル | 深海×神話合同誌『無何有の淵より』 | |
著者 | 彩村菊乃、磯崎愛、エヌ、佐々木海月、莢豆、ちあの、孤伏澤つたゐ | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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著者紹介の鬼才、尼崎文学だらけに現る――。 と、本気でコピーに書きたかったのだが、諸事情により上記とした。 その独創的な著者紹介については、本書並びに相楽愛花氏の著作をお求めいただいたうえでご覧になっていただければと思う。ぼくがそう紹介する理由がわかるはずだ。 と、御託はさておき、この作品は、「Dear friend of Dxxx」三部作(うち、ひとつはまだ刊行されていない)のひとつで、少し未来の、サイバーパンクをにおわせるような不思議な仄暗さを持つ近畿地方のとある都市を舞台に繰り広げられる少女達の日常と非日常にまつわる話である。 ぼくはこの三部作に初めて出会ったとき、灰色の景色にしんしんと雨が降っているような、静かでじめじめとしていて、埃っぽい空気感がとても特徴的だなと思ったのだが、この作品群に共通するのはもうひとつ、「現実とそうでない空間を境界をあいまいにさせながら滑らかにつなぎ合わせられる」感覚を味わわされることである。 この作品においても、その相楽氏の真骨頂とも呼べる独特の叙述が顔を出す。仄暗い世界に横たわる、淡々とした日常とさらに薄暗い非日常。とても不思議で、幻想的で、それでいてどこかリアルでもあるという不思議な感覚を覚えるのは、まさに文体の妙、小説の妙ともいえる。 現実と非現実の境を行き来させられるようなはらはらさと、灰色にくすんだ湿度の高い近未来世界が好きな方にお勧めしたい一冊。 | ||
タイトル | Dear friend of Dark | |
著者 | 相楽愛花 | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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理想郷を目指してそこに向かおうとする少女と、理想郷から出てきた青年による物語となっている表題作をはじめとして、ふたつの世界と4本の短編によって構成されているシンプルな短編集。 肉の味が最もわかるのは刺身にした時だとよく言われる。この作品もそのような、シンプルな世界とシナリオであるからこそ、著者の個性ともいえる文体が静寂に根を下ろし、短編集全体を貫いていると言えるだろう。 とくに、巻頭に配置されている表題作「永遠まで、あと5秒」は、物語の全容が明かされる後半のカタルシスから終息までの展開がとても静かで、澄み切った真冬の夜空のような清浄感と高純度の幻想(ファンタジー)感が非常に心地のよい読後感をもたらしてくれる。 その他3作品も、ときにきらきらとした輝きをのぞかせながらも、どこか非生物的な澄んだ空気をあたりに張り巡らせているような文体が美しく、ごく少々の切なさが極上の読後感につながっているのだとぼくは思う。 すべてが珠玉の作品集。調和と静寂を求めるあなたに。 | ||
タイトル | 永遠まで、あと5秒 | |
著者 | 古月玲 | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |