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この形になるまでに十五年かかった、と後書きにある。 しかも、これは、外伝なのだと。 その言葉どおりの、ずっしりした重みが、この『幼神』にある。 何が起こっているかわからない場面でも、登場人物に迷わずついていける。 突然出てきた単語にも、まったく違和感を感じない。 巧さをこえて、文章そのものにつたゐさんの息づかいがあり、そこに描かれているのが、つたゐさんの魂そのものだからだろう。 こういう書き方ができる人は少ないし、力のある作家でも、すべての作品でこう書けるわけではない。 面白い。 ただ、今まで推薦文がなかったのは、仕方がないような気がする。 あらすじや世界観を説明したところで、この作品を語ったことにならない。ここに描かれている神は、人が神と呼んできたものそのものだ、などという陳腐な形容も似合わない。読みやすいし、面白いし、泣けるのだけれど、そんな言葉で簡単にくくってしまっていいものではない、と思ってしまうのだろう。 私は自分の中に、調伏しがたい人間を複数飼っていて、もう一人の私が、続き物の夢に出てきたりする。二十代の頃に「僕を書け」と命令してきた某キャラクターは、疑似家族を与えて放り出すのに何年もかかった。それですっかり退治できたかというと、別の形で再登場してきたので、今も仕方なくつきあっている。創作活動は、つまり業みたいなものなのだと思う。『幼神』を読みながら、それを思い出した。作品の底を流れている、一種の「諦念」が心地よかった。どうにかできるものと、どうしようもないもの――ほとんどは、どうしようもないのだということが――。 | ||
タイトル | 幼神 | |
著者 | 孤伏澤つたゐ | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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商業BL文庫の棚にささっていたとしても、何の問題もない一冊。 最初から最後まで過不足のない鉄板展開で、迷わず読ませる。 綿密なプロットと構成がすけて見える。 相当のスピードをもって書かれているのがわかる。 熱量に圧倒される。 「天才というのは、ほんとうにいるものだな」と思う。 こなれた文章や造本についても、BLを書き始めてわずかな年数とは思われない。 ただ一つ、後悔していることといえば、「しまった、スピンオフから読んでしまった……!」 周くんの葛藤がきっちり描かれているだけに、それを知らない状態で前作を読みたかったという、ワガママな気持ちに。 もし、ひとつだけ注文をつけるとすれば、「忍が周を好きになったきっかけって何なんだろう?」というところ。完全に周くんの視点で話が進んでいるので、忍の気持ちが読者にはわからない。その、わからないところがミソなわけですが、ちょっとした補足エピソードが欲しかった。ささいなことでいいのですが、忍にそこを、告白して欲しかった……。 ただ「タイプだから」「気になるから」というだけで、そこまで人を好きになるものかな? 周くんも、そこが疑問だったのではないのかな、という。人に一方的に踏み込まれるのって、けっこうなストレスなので、私が周くんでも、相手が忍でなくても、うっとおしいと思うんですよね。理由がわかると安心できるというか。 そこがあれば120パーセントの完成度だと思います。 というか、シリーズをさかのぼって、読まなければ……! | ||
タイトル | ほどけない体温 | |
著者 | 高梨 來 | |
価格 | 900円 | |
ジャンル | JUNE | |
詳細 | 書籍情報 |
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どこかで読んだはずの言葉。 絶対に読んだことのない言葉。 言葉はそのどちらかしかないはずなのに、ここで組みあげられた言葉は、キヨムさんしか書けないもの。 ここには卑しさがない。下手な共感を呼ぼうとしたり、感傷を煽ったりしない。 ご本人はきっと、この先に行きたい。 それはとてもよくわかる。 けれど、その先を示すことができる誰かは、おそらく降臨しない。 キヨムさんが背中に隠した千本の腕がきっと、いつか答えをさぐりあてるのだろう。 | ||
タイトル | ことわりさん | |
著者 | 壬生キヨム | |
価格 | 200円 | |
ジャンル | 詩歌 | |
詳細 | 書籍情報 |
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十代の青年にとって、海は、外界に開かれているもののはずなのに、彼らにとっては、そうではない。 むしろ、悲劇と行き止まりの象徴――。 登場人物同士の関係が非常に近く、そして、閉じている。 タイトル通り、青い箱庭の世界だ。 その調和は美しいが、まるで、世界に他の人間が存在していないかのようだ。 本当なら、彼らのような人間関係は、都会ならともかく、田舎町ではいろいろ取り沙汰されるだろうし、平然と地元の高校に、クラスメートとして通えるようなものでもないだろう。 それでも最後まで読ませてしまうのは、ひとえに書き方のうまさだ。 少しずつ明らかになっていく謎。ゆきつもどりつする時間。それに一本の糸を通す、アレックスという犬の存在。 学生の時点でこれだけ書ければ、文芸誌の一次予選を通過するのはたやすいと思う。 読者が文芸誌に期待するであろうものは、一通りそろっているからだ。 おそらく二次を通過しなかったのは、これは私の勝手な想像だけれども、終盤の処理だと思う。キリチヒロという作者でしか描けない、もう一山をもってきていれば、この物語は続きは要らない。にもかかわらず、私たちは続きが読みたくなるはず。 あらゆる意味で、ほんとうにうまいし、書ける人だと思う。 卒論が優秀賞? これだけ書ければ当たり前! だからこそ、お洒落な感じでまとまらないで、もっと先へ進んで欲しい。 そう思える一冊でした。 | ||
タイトル | ミニチュアガーデン・イン・ブルー | |
著者 | キリチヒロ | |
価格 | 600円 | |
ジャンル | JUNE | |
詳細 | 書籍情報 |
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どうも。作者です。 この短編はかつて、血をテーマにした某商業アンソロジーに寄稿したもので、文庫化もされたことから、多くの老若男女の目に触れました。そのため、たくさんの感想を頂戴することができ、しかもその感想に、何一つ同じようなものがなかったことに、作者としてとても感動しました。どういう立場か、どのキャラクターに感情移入するか、どの台詞にひっかかるかによって、ずいぶんと読み方が変わるようで、そういう作品が書けたことを、作家として幸せに思っています。 ですから、作者として「こういう話です」とはいいたくないのですが、ひとつだけ、申し添えておきますと。 ヒロインは作中、「私はあんな母親に育てたつもりはないんですけど」といいます。 それに対して「ひどい娘だ」と憤る方もいらっしゃいます。 反対に、そう叫ばざるをえない恐怖に共感する方もいらっしゃいます。 しかし、そういう母になったのは、彼女にも責任があるのです。 ですから彼女は、母の叫びをきいて、親の心理のゆがみの一端を理解します。 はためからみれば何の不自由もない主婦であったとしても、実は、この人は……と。 ジャネット・ウィンターソンの『オレンジだけが果物じゃない』を読んだ時、私はその結末に絶望しました。私の『お母さん』の方が、まだ救いがあると。 しかし、それは私が感じたことであって、皆さんがこの話の欠片から何を受け取るかは別の話です。 あまぶんで、ぜひ、お手にとってみてください。 あなたの心のどこに触れるかは、私には、わかりませんが……! | ||
タイトル | お母さん | |
著者 | 鳴原あきら | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |