出店者名 素敵な地獄
タイトル Dear friend of Dark
著者 相楽愛花
価格 500円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
姉に纏わる事柄を何一つ思い出せない。
しかし、彼女は確かに其処にいた。

闇に葬られた、二つの夜の話。

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2016年に出した『cuddle』と同じ世界観で、同じく2016年に出した『Dear friend of Dawn』とも多少の繋がりはありますが、単品でもお楽しみ頂けます。

2017年の秋辺りに『Dear friend of Dusk』という題でまた別の一篇を出すつもりです。
どれも単品でお楽しみ頂けるようにはしていますが、『Dear friend of Dxxx』という名の付いている話は全て僅かに繋がりがあり、合わせてお楽しみ頂くことも可能です。

『DfD』は『Dusk』を以て合計三篇で一旦終了と相成る予定です。




 寒い日の出来事だった、というのは、はっきりと覚えている。
 雪の積もった冬の日のことだった、というのも、覚えている。
 彼女の顔も、名前も、温もりも、全て忘れてしまったけれど。

 優しい狐、僕らの姉。
 彼女は確かに存在した。





 その日の献立は、長芋とツナの炒め物と、玄米のおにぎりだった。

「そういえば、ガクくん。狐退治のお仕事だって」
 その声に三河学は一瞬目を見開くと、少し眉根を寄せて首を傾げた。
 エイビス中央管理局、本部一階放送室の隣。
 本部放送課、と書かれた札が掛けられたその小さな部屋の中で、夕暮れの放送を終えた三人の職員が食事をしていた。
「狐、ですか」
「そう、化けて出たとかなんとか」
 学の目の前に座る放送課一番人気の発声者、放送課副課長補佐の城崎透子は珍しく厳しい顔で声を潜ませる。
 清涼な顔立ちと、丁寧に纏められたポニーテール。
 彼女は二か月前に学院を卒業したばかりの十八歳で、在学中はバレーボール部に所属していたという。歳は学より二つ上だが、職員としては学の方が半年先輩だ。とはいえ、たった半年のこと。プラスマイナスで一・五年、透子さんの方が先輩なんですから、と学の方が丁寧語で話をしている。
「えっと、けどそれって、どう考えても……、生活課の管轄、ですよね」
 学は戸惑った声で透子に尋ねる。
「少なくとも生活課が放送課に投げてくる内容じゃないんじゃ……」
 その声はただ戸惑っているだけで、そこに不満は感じられない。そもそも放送課の仕事は、その名目上の業務が全てではなかった。寧ろ、割合で見れば他の課から回ってくる仕事の方が多いだろう。
 しかし、それにしても。
 普段回されてくるのは簡単な事務処理や、足りない人手の補充がメインだ。まさか化けて出た狐の対処なんて、嘘であれ本当であれ放送課の仕事じゃない。
「今回の件は、記録課からよ」
 学の疑問に答えたのは、斜向かいの冷え冷えとした声だった。
 放送課副課長、黒部水曜日。
 真ん中分けの前髪に、きつく結われたおさげ。青白い顔に、血色の悪い唇。そして何より目を惹く、深い色の瞳。童話に登場する悪い魔女のような雰囲気を纏った彼女は学院の十二年生で、職員歴は透子や学よりも少し長い。
「えっ、記録課? 記録課ですか?」
「ええ」
 余計に混乱を深める学を余所に、黒部は素っ気なく頷いて食事を再開する。どうやらそれ以上の説明をする気はないらしい。仕方なく透子の方を見ると、苦笑する彼女と目が合った。


淡々と進む日常にわずかに侵食する個性
 著者紹介の鬼才、尼崎文学だらけに現る――。
 と、本気でコピーに書きたかったのだが、諸事情により上記とした。

 その独創的な著者紹介については、本書並びに相楽愛花氏の著作をお求めいただいたうえでご覧になっていただければと思う。ぼくがそう紹介する理由がわかるはずだ。

 と、御託はさておき、この作品は、「Dear friend of Dxxx」三部作(うち、ひとつはまだ刊行されていない)のひとつで、少し未来の、サイバーパンクをにおわせるような不思議な仄暗さを持つ近畿地方のとある都市を舞台に繰り広げられる少女達の日常と非日常にまつわる話である。

 ぼくはこの三部作に初めて出会ったとき、灰色の景色にしんしんと雨が降っているような、静かでじめじめとしていて、埃っぽい空気感がとても特徴的だなと思ったのだが、この作品群に共通するのはもうひとつ、「現実とそうでない空間を境界をあいまいにさせながら滑らかにつなぎ合わせられる」感覚を味わわされることである。
 この作品においても、その相楽氏の真骨頂とも呼べる独特の叙述が顔を出す。仄暗い世界に横たわる、淡々とした日常とさらに薄暗い非日常。とても不思議で、幻想的で、それでいてどこかリアルでもあるという不思議な感覚を覚えるのは、まさに文体の妙、小説の妙ともいえる。

 現実と非現実の境を行き来させられるようなはらはらさと、灰色にくすんだ湿度の高い近未来世界が好きな方にお勧めしたい一冊。
推薦者ひざのうらはやお