出店者名 モラトリアムシェルタ
タイトル ファントム・パラノイア
著者 咲祈
価格 700円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
資源に乏しく、子供が生まれず、老人ばかり増えた半島の国で、
ヒトは、ヒトを、養殖しはじめた。
試験管の中で育てられ、十代半ばの躰になったら出荷される少年少女たち。
自我を消され、意志も封じられた彼らは《オルタナ》と呼ばれ、
その躰は公共の資源(リソース)として消費されていく。
需要を満たすために。必要とされるために。
或る躰は労働用に、或る躰は愛玩用に、そして、或る躰は――

「ぼくの命は、正しいですか?」

ひとりの研究員と、彼に関わった人々と、
《オルタナ》たちの記録として綴った、
短編連作風ディストピアSF小説です。

〈試し読み〉
http://frosty.holy.jp/zero/works/008phantom.html

 エレベータを中心に、同心円を描く廊下に沿って、百二十八本の巨大な試験管が、整然と並んでいる。満たされた溶液は、透きとおった薄青。その中には、ひとのかたちをしたものがおさめられている。一本の試験管に一体ずつ。躰の年齢は、階によって異なり、胎児から十代後半まで様々だ。ただ、同じ階におさめられている躰は、すべて同じかたちをしている。百二十八――二の七乗。ひとつの受精卵をもとに、分割と培養を重ね、人工的につくりだされた一卵性多胎児だ。
 臍帯の代わりに幾本もの管に繋がれ、水中に浮かぶ躰は、さながらマリオネットのように見える。
 かすかなノイズが、エレベータの到着を告げた。白衣姿の作業員が八人。彼らは試験管を順に廻り、計器を確認しては、薬液を注入していく。彼らもまた、全員が同じ顔をしている。同じ姿で、同じ手順で、同じ作業を行う。淡々と、均一に、均等に――機械的に。わずかな差異も、彼らには許されない。違いがあってはならないのだ。かつてここで生まれた彼らも、そしてまた、ここで生まれてくる彼らも。

 薬液を投与された胎児たちが、わずかに身じろぐ。一月後には、胎児の躰は児童のそれに変わっているだろう。薬液の中には、成長促進剤が含まれている。新薬の開発によって、受精卵から、試験管を出される十代半ばの躰になるまで、今では一年とかからない。
 作業員たちは、終始、無言で、無表情だった。ひとかけらの情動もあらわれなかった。同じ顔で、同じ表情で、彼らは命を整える。等しく、均しく。

――《マリアの子宮》。

 それが、この施設の通称だ。
 規格化された躰(ハードウェア)をつくり、目的に応じた条件付け(ソフトウェア)を施(インストール)し、配給する。必要とされるところへ、必要とされるものだけ。

 わたしたちは出荷されていく。
 産声をあげることなく、どこまでも静かに。


天板を欠いた立方体は、水槽か、宝箱か、それとも柩か
 磨き上げられた文体で、精緻で冷徹にひととそうでないものの感情を描きながら淡々と綴られていくディストピアSF連作短編集。その5つの短編は、ひとつひとつが正確に面取りされた板のようで、5つ揃うと何かを入れることのできる匣のようなものになる。全てが同じ長さで尺取りされているので、見た目は綺麗な立方体だ。だが、上から覗いたとき、読者は一体何を目にするのだろうか。

 ちなみに、ぼくにとってこの作品は、こちらが反射してくっきりと見えるほど綺麗に磨き上げられた鋼の匣だった。

 労働力として、そして愛玩用として、まさに生ける奴隷として作り出された人造人間《オルタナ》。寸分の狂いもなく生み出され、管理され、そして壊れて消えていく彼らは、労働に身をやつす我々そのものを模しているのかもしれないと、読んでいてそう思った。
 必死に愛、もしくは愛に似たやすらぎを得ようともがいている姿は、階級市民《シヴィタス》たちと対になり、作中の虚ろな社会を合わせ鏡に放り込んだようにおぞましいほどに反射させ、増幅させて克明に描き出す。
 作品の底にたどり着いたとき、そこには何も入っていなくて、入っていたのは他でもない自分自身で、その人型の姿が無限に増殖してどこまでも広がっていくようにぼくには思えた。

 文体・世界観・文章構成そのどれもが精密に組み上げられていて、作品自体に深い没入感を得ることのできる稀有なファンタジーとしても読むことが出来る。その完成度は非常に高く、ぼくがこれまで読んだ同人作品の中でもとび抜けて美しい作品だ。著者の文体の強みを生かしながらここまで作り込まれた空間は、それこそ著者自身の強い想いがあったのだろうと推察できるし、だからこそ作中の人物にも美しさと柔らかさを両立させながら、この作品を完成させることが出来たのだろうと思われる。

 完成されきった美しさを誇る一冊。

 水槽やガラスケースのような、「匣」を愛してしまうような人にこの作品を強くお勧めする。
推薦者ひざのうらはやお