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エレベータを中心に、同心円を描く廊下に沿って、百二十八本の巨大な試験管が、整然と並んでいる。満たされた溶液は、透きとおった薄青。その中には、ひとのかたちをしたものがおさめられている。一本の試験管に一体ずつ。躰の年齢は、階によって異なり、胎児から十代後半まで様々だ。ただ、同じ階におさめられている躰は、すべて同じかたちをしている。百二十八――二の七乗。ひとつの受精卵をもとに、分割と培養を重ね、人工的につくりだされた一卵性多胎児だ。 |
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磨き上げられた文体で、精緻で冷徹にひととそうでないものの感情を描きながら淡々と綴られていくディストピアSF連作短編集。その5つの短編は、ひとつひとつが正確に面取りされた板のようで、5つ揃うと何かを入れることのできる匣のようなものになる。全てが同じ長さで尺取りされているので、見た目は綺麗な立方体だ。だが、上から覗いたとき、読者は一体何を目にするのだろうか。 ちなみに、ぼくにとってこの作品は、こちらが反射してくっきりと見えるほど綺麗に磨き上げられた鋼の匣だった。 労働力として、そして愛玩用として、まさに生ける奴隷として作り出された人造人間《オルタナ》。寸分の狂いもなく生み出され、管理され、そして壊れて消えていく彼らは、労働に身をやつす我々そのものを模しているのかもしれないと、読んでいてそう思った。 必死に愛、もしくは愛に似たやすらぎを得ようともがいている姿は、階級市民《シヴィタス》たちと対になり、作中の虚ろな社会を合わせ鏡に放り込んだようにおぞましいほどに反射させ、増幅させて克明に描き出す。 作品の底にたどり着いたとき、そこには何も入っていなくて、入っていたのは他でもない自分自身で、その人型の姿が無限に増殖してどこまでも広がっていくようにぼくには思えた。 文体・世界観・文章構成そのどれもが精密に組み上げられていて、作品自体に深い没入感を得ることのできる稀有なファンタジーとしても読むことが出来る。その完成度は非常に高く、ぼくがこれまで読んだ同人作品の中でもとび抜けて美しい作品だ。著者の文体の強みを生かしながらここまで作り込まれた空間は、それこそ著者自身の強い想いがあったのだろうと推察できるし、だからこそ作中の人物にも美しさと柔らかさを両立させながら、この作品を完成させることが出来たのだろうと思われる。 完成されきった美しさを誇る一冊。 水槽やガラスケースのような、「匣」を愛してしまうような人にこの作品を強くお勧めする。 | ||
推薦者 | ひざのうらはやお |