出店者名 モラトリアムシェルタ
タイトル 空人ノ國
著者 咲祈
価格 600円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
双子の巫女に支えられた国があった。
死刑執行と安楽死を担う《浄めの巫女》と、
生贄として霊峰に身を捧げる《鎮めの巫女》。
「平和」に整えられた「神聖」な国。
だが、いつしか人々のあいだに、或る特殊な薬が蔓延してゆく。
認知機能はそのままに、感情だけを麻痺させる、その薬は、
ひとりの青年の願いが創り出したものだった。

信仰に束ねられた国で、
《神様》に抗おうとした少女たちと、
《かみさま》から逃れようとした少年たちの、
滅びゆく心が綴る和風SF小説です。

〈試し読み〉
http://frosty.holy.jp/zero/works/007utsubito.html

 鬱蒼と陽の光を閉ざす木々の庇が切れ、露を湛え地を這い土を潤す下草も絶えた先、山の頂に向かって、乾いた白い石の道が続いている。葉影の盾を失った山肌に、初夏の陽射しの矢は余すところなく突き刺さり、微風にそよぐ霧の紗が、荒れた土を涼やかに撫でていく。

 ぱきん。私の沓の下で、鋭く硬い、澄んだ音が響いた。標となる白い石の上に、いつしか石とは異なるものが散らばりはじめていた。これは、何? 眉をひそめかけたとき、数歩、進んだところで、おとなは歩みを止めた。顔を上げた私は、すっと大きく目を見ひらく。
 立ち込める霧の中、四方を大岩に支えられ、高く屹立する太い柱。何かが、そこに、括りつけられている。
(人形?)
 違う。
(あれは……)
 あとずさる私の足の下で、再び白い欠片が砕けた。背中を怖気が駆け上がる。奥歯を噛みしめ、悲鳴を呑み込む。行き場を失った呼吸が、狭まる喉の奥で、ひゅうと鳴く。
(ひと、の……)
 立ち尽くす私を残し、おとなは柱のもとに進んだ。古の文様が刻まれた小刀を懐から取り出し、幾重にも巻かれた縄を断つ。
 がしゃん。
 縛めを解かれ岩肌を滑り落ちたそれは、たちまち砕けて散らばった。からからと、私の足もとに。
 白い、しろい、ひとの骨。
 ひらり。色褪せた緋袴が霧の中に翻る。崩れ落ちていく骨とは逆に、その身から解き放たれた衣は、風を受けて舞い上がり、何処へと飛び去っていく。
「……《浄めの巫女》が世を去った」
 聳える柱の傍らで、おとなは静かに私を見下ろす。淡々と冷やかに。一切の感情を宿さない瞳で。
「新たな《鎮めの巫女》を、ここへ」


これぞ、「咲祈イズム」
 宗教国家の中枢に据えられた、三組のきょうだいの愛憎が織りなす、和風ファンタジー。
 和風ファンタジーという基本フォーマットながら、かれらの物語の舞台となる国は、さながらディストピアSFにも似た平穏と狂気によって動かされており、物語終盤で静かにカタストロフィを迎える。

 ファンタジーという、幻想を主体として語られるこのストーリーは、天衣無縫にして明鏡止水の輝きを持つ著者の文体によって、それ自体の寓話性を鮮やかに照らし出し、極めて緩やかに、しかし確実に読者を深い深い絶望の底へと連れていく。舞台となる国が持つ社会が放つ醜悪さと、そこから人々を、そして愛するひとを救い出したいという純粋すぎる思いを抱きながら、彼は淡々と国を、ひいては神をも殺そうと孤独な闘いを繰り広げる。その結末は、みなさんの目で確かめていただきたい。きょうだいたちは、何を愛し、何を選び、そして何を捨てていったのか。それ自体が、この作品が放つ最大のメッセージであるように、ぼくは思う。

 また、この作品は著者である咲祈氏の中でもとりわけ氏自身の特徴ある文体とその精緻な世界観の構成、また厳しくも美しい描写など、いわば「咲祈イズム」とでも言うべき独特の世界観が最も強く表れている作品であると、個人的ではあるが追記させていただきたい。

 厳しさと冷たさの底に一瞬だけきらりと光る救いを求める人に、本作を薦めたい。
推薦者ひざのうらはやお