出店者名 ヨモツヘグイニナ
タイトル 深海×神話合同誌『無何有の淵より』
著者 彩村菊乃、磯崎愛、エヌ、佐々木海月、莢豆、ちあの、孤伏澤つたゐ
価格 1000円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
トワイライト・ゾーンから鯨骨生物群集まで、神代は果てしなくつながっている。

ヨモツヘグイニナがついに本気を出してお送りします、
深海×神話合同誌『無何有の淵より』。

総勢7名の執筆者のかたる海の底の物語へ、どうぞ深く沈んでください。

 さいごに出てきた末っ子はみにくかった。漆黒というには中途半端に黒い皮膚、不完全な円錐のでこぼこしたからだに、へらのような腕 ――それも指などない! ――足はなく、扇状にひろがった尾まである。
「骨があったところでこれじゃあな」
 父の視線は、うつくしく出来上がったうえのふたりを順にすべり、地べたに転がっている末っ子をすどおりし、自分が顔を洗った泉で止まった。
「はじめに出てきた、あれのほうがましだな」
 ため息まじりの声がなにものをさしているのかは、すぐにわかった。
 父と、顔も見たことのない母ははじめ、水に浮かんだあぶらのような、かたちのない世界を、両手でぐるぐるかきまぜて遊んでいたらしい。それを引き抜いた指からしたたり落ちた雫が凝固してちいさな ――といってもふたりが降り立つことはできるくらいの ――足場ができたので、そのあたらしい遊び場でじゃれあって、結果、最初に出てきた、骨のない。はじめのきょうだいが葦舟に載せられてながされたことを、末子はこの場に発生してきたばかりなのに知っていた。
「それで、どうしてその母さまとやらはここにはいないんだ」
 うえのふたりがたずねなかったことを問うたのはもちろん末子で。
 うみだされてすぐといっても、分別のあるものはある。金色と銀色のうえのふたりは全き姿と全き思慮で、父が口をひらくまで、言葉を発してはならない、と悟っていたのだ。 ――そう、かれらは、父の両の目に自分たちがあったものの、排出されれば他者である、ということを見極められる利口さを持っていたのだ。
  ――できなかったのは、ものごとを俯瞰する目から取り出されなかった末っ子だけ。かれは、父が顔を洗ったときに鼻腔に吸いこんでしまった水がさそったくさめによって、不意におもてに出されてしまったのだった。
「死んだよ」
 ぶさいくであたまの悪い末っ子の発言を聞き、父は抑揚なく言った。この父とやらは、おれにも、ほかのきょうだいにも似ていないな、と末子はひとごとのように ――実際すでに父とかれは他者であったが ――思った。
 父は、いない母について、それ以上の言葉を重ねるつもりはないらしく、矢継ぎばやに次の言葉にうつった。
  ――思慮深く口をつぐんでいたおまえには天上のくにを、口をつぐんだ長子にならい思慮深くだまっていたおまえには夜のくにを、おれの命をちぢめたおろかなおまえには海原のくにをくれてやる、と。


見渡す限りの群青に溺れる
 深海と神話、このふたつの間に横たわっているものは多いが、なかでも最大の共通点は、「ひとが主人公たり得ない世界」であるということではないかと思う。そんな非人間的指向を強く持つ本作品は、合同誌であるがゆえの持ち味をふんだんに生かして、それぞれの寄稿者たちが一斉に、ヘビーメタルバンドのようなパワープレイを披露しつつ、互いの良さを消さないまま、合同誌としてのまとまりを築き上げているのだ。

 同人誌を真面目に読んで、その感想を真面目に書き続けてもうすぐ100冊を数えるが、この作品以上に洗練され、完成された合同誌はほぼないといっても過言ではないように思える。深海についても神話についても、ぼくのようにまったく何も知らない人間が読んでも、造詣の深いものが読んでも、そしておそらくは「かの住民」が読んだとしても――この作品は面白いものに仕上がっているし、そうするために細かい努力と綿密な調整がなされてきたのだろうと思われる。先ほどのバンドの例になぞらえれば、さしずめ至高のアルバムといったところだろう。

 同人誌で、かつ合同誌であることを極めきったひとつの姿がここにある。
 七者七様の群青には、溺れることしかできない。

 限りになく黒に近い、どこまでも広がっていく群青を感じたい方にお勧めの一冊。
推薦者ひざのうらはやお