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「ほどけない体温」は、周と忍というふたりの男が出会い、 幸せになるまでを描いたBL作品である。 BLの文法に従い、男性同士の恋愛模様が描かれ、 お約束の濡れ場もある(R18であるため、描写は濃いめだ)。 BLは、エンタメ⇔純文学、という軸でいうなら、 わりとはっきりとエンタメに寄っている分野だと思っているのだが、 本作は比較的、純文学寄りだ。 キャラクターというよりは、血の通った人間が描かれている。 主人公・周のまわりには本人いわく「ゼリー」の膜が覆っていて、 それは自覚した同性愛者としての苦悩であり、 世界との接点が見いだせない。 そんな周のまえに、おちゃらけた男、忍が現れる。 ふたりの出会いから、物語は密度を増していく。 忍は周に気持ちを寄せ、その「ゼリー」の膜をやぶって彼と気持ちを通わせようと挑む。 どれだけ「ゼリー」の膜に拒絶されても、何度も、めげずに。 本当は周と忍が出会った瞬間から、ふたりの気持ちは通じていたのだと思う。 だからこそ、なかなか繋がれないふたりの姿はもどかしい。 「ゼリー」の膜はもはや周自身でも制御できなかったのかもしれない。 物語半ば、ふたりが身体を重ねた場面では、 「ゼリー」の膜は破られていたのだろうか。 物語のラストシーンでは? ふたりの、周と忍が幸せになるまでの物語は続いていく。 それは、読者がふたりを応援する物語でもある。 誰にだって。 そんなことを考えた。 誰にだって、「ゼリー」の膜はあるのではないか。 だからこれは対岸の物語ではなく、 もっと身近な、少なくとも周というひとりの人間のなかにあった物語だ。 それだけに切実で、苦しい。 彼の感傷を追体験することができたなら、 それはそのまま、読者の物語になる。 もしも読んだひとの心のなかに、周と忍を住まわせることができたなら。 それを、ハッピーエンドと呼んでもいいのかもしれない。 | ||
タイトル | ほどけない体温 | |
著者 | 高梨 來 | |
価格 | 900円 | |
ジャンル | JUNE | |
詳細 | 書籍情報 |
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ミズカ、ヨリオ、マイという三人の子どもたちが、 サンヤー号という船に乗って、冒険をするファンタジー小説だ。 物語の舞台にはさまざまな国があり、さまざまな種族がいて、 ある面ではうまくやりつつ、またある面ではうまくやれず、 ――それはちょうど、わたしたちの世界と同じように――、 必死に生きようとしている。 三人の子どもたちを乗せたサンヤー号は、 大海を通じてそんな世界のなかをとおりすぎ、 いろんな人たちや出来事と出会う。 船から降りて出会うひとたちも、船のなかにいる乗組員たちも、 みんな<事情>を抱えているのが印象的だった。 <生きる事情>とでも言うべきだろうか。 誰もが苦しそうで、必死で、 それなのに誰もが自己中心的ではなく、やさしかったのが印象的だった。 例えではなく戦いのなかにいるひとたちが、 どうしてこうも他人にやさしく寄り添えるのだろうか。 それはもしかしたら、作者の希望なのかもしれない。 作者はこの物語を書くために十年近い年月を要したと知った。 この作品は作者の生きる姿そのもので、 からくも希望を持ち続けた作者の十年の記録なのかもしれない。 だから、やさしくて、眩しい。やさしさが眩しい。 推薦するにあたって言いたいのは、 「目を逸らさないでほしい」ということ。 本気で書かれた作品には、本気で応えてほしい。 この作品は、子どもたちに読んでほしい。 大人たちであっても、十年前の心で読んでほしい。 十年間を巻き戻すことができれば、あなたはそこに、希望を見つけるはずだ。 | ||
タイトル | Cis2 第3版 サンヤー号にのって | |
著者 | 新島みのる | |
価格 | 800円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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「bonologue(ボノローグ)」というタイトルの本である。 bon(おいしい)+ monologue(つぶやき)で、ボノローグ。 煩悩の記録(ログ)とのダブルミーニングでもあるらしいが、 要は美食の体験をつづったエッセイである。 飯テロ――。 数ページめくったところ、私の脳裏にこの言葉がうかんだ。 飯テロとは、ウェブ上に美味しそうな食べ物の写真をアップし、 それを食べられない閲覧者たちの食欲を無慈悲にそそる行為である。 この「ボノローグ」という本は、文章による飯テロなのではないか。 午後11時前のおなかをすかせ始めた胃袋がとっさにアラームを鳴らした。 その不安は杞憂に終わった。 確かにつづられているものは大変美味しそうな美食体験記で、 間に挟まれている華美な料理の写真も、 食欲をそそるには十分なものであるはずだった。 しかし、これは飯テロではない。 何故なら私の胃袋は、この文章を読むことによって満たされたからだ。 エッセイの形を取っている文章である。 正岡さんの軽快な語り口が心地よく、ページをめくる手を急かしてくれる。 アミューズ、前菜、お魚料理、肉料理、デザート、小菓子と、 供される料理によって正岡さんの描写も変わる。 ときに素朴に、ときにかしこまって、ときにアバンギャルドに。 それはきっと料理を食べたときの正岡さんの感情そのもので、 読者は文章を読むことにより、それを追体験する。 気がつけばその味すら感じられる――は言い過ぎだろうか? 必然的に 「いのちには必ず背景があります。背景はモノにものがたりstoryを与えます」 という作中の言葉が説得力を持つ。 食事する行為は物語であり、文章を読むことも物語であり、 そのふたつが「ボノローグ」で重なる。 この本は、「読む食事」だ。 読み終わると、美味しいものを食べたいと思う。 食べることを大切にしようと思う。 そういうふうに読後変われることは、エッセイの醍醐味のうちのひとつだ。 毎日の食事がいつもより彩りづいて見えるようになる、美食の本だ。 | ||
タイトル | bonologue vol.2.1 | |
著者 | 正岡紗季 | |
価格 | 800円 | |
ジャンル | エッセイ | |
詳細 | 書籍情報 |
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いつか「あまぶん」を6月に開催する機会があれば、 「JUNE BRIDE」というサブタイトルをつけてやってみたい気持ちがちょっとある。 もちろん「あまぶん」は「JUNE」ジャンルだけのイベントではないし、 私個人のイベントでもないから実現はしないのだろうけども。 6月はジャンルとしての「JUNE」を想起させるほど、美しい季節である。 多少湿気てはいるけども、それも寂しさの表現だ。 私の台湾人の友人に「JUNE」という子がいた。 彼女も美しい女性で、六月の中国語読みで「リョウユエ(liuyue)」と呼ばれていた。 もちろん、リョウユエは腐女子であった。 とにかく「あまぶん」には良質の「JUNE」が多い。 「あまぶん」では「JUNE」を「異性愛ではないもの」と定義しているのだが、 各出店者・各作家がそれを個々に解釈し、吟味して、 それぞれに自信の持てる「異性愛ではないもの」を出してきているように思える。 夜間飛行惑星(美しい出店者名!)から頒布される「ノスタルジア」も、 そういうJUNEのうちのひとつだった。 俳句・小説・短歌が交互に楽しめる、とてもおいしい書籍である。 いずれにもそれぞれの魅力があり、 読者の好みを刺激してやまないのであるが、 特にここでは短詩(俳句・短歌)に注目したい。 面白いのは、それぞれにテーマが与えられている点だ。 バレンタイン・村を焼く・明日、世界が終わる・ノスタルジアなど、 見るからに魅力的な食材がテーマとしてでんと並べられ、 それが実駒さんによって、さまざまな歌や句として料理される。 作品が料理なら、組版は盛り付けみたいなものだ。 余裕をもって美しく繊細に設定された組版により、 料理としての作品はいっそうこの効果を増す。 私はこの書籍を読んで、おもしろい、よりも先に、おいしい、という感想を持った。 食卓というものは、「JUNE」において大切な要素のひとつらしい。 異性愛ではないもの、を交わした「JUNE BRIDE」たちが最初に食べる食事も、 やはりこの「ノスタルジア」のように、おいしく、多少ものがなしいものなのだろうか。 そんなことをノスタルジックに想像させてくれるような一冊だった。 | ||
タイトル | ノスタルジア | |
著者 | 実駒 | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | JUNE | |
詳細 | 書籍情報 |
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短編が8編掲載された作品集である。 冒頭の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」から、 読者はこの作品にしかない幻想世界へと、落ちる。 この作品は、危険だ。 しかし怖さはなく、むしろ安心感すら与えられる。 ほんとうに危険で美しいものに出会ったとき、 嘆息しながら持つ感情は、安心、それしかない。 諦念にも似ているかもしれない。 であればそれは、何に対する諦めだろうか。 生きることにも似ていて、 書くことにも似ていて、 しかしもっと正確に言うならば、 理解すること、なのかもしれない。 ポエジーに溢れた文体だ。 シーンからシーンへ、物語から物語へ、 あたかも詩のように軽々と飛躍する。 そんなところを飛べるのか、 意味を踏み外してしまいはしないか、 というあたりを、実に易々と着地を決めてみせる。 サーカスか、ギャンブルか、 いや、文学だ。 純文学の体をとりながら 「人間」を超越したところで描かれる世界は、 また別の文学の名前を与えられるべきかもしれない。 この作品を書かしめるものを「才能」と呼ぶには安易にすぎる。 何故か毎年現れる「10年に1度の天才」のように、 「才能」という言葉はもうその希少性を失いはじめている。 だから、私はこの筆致を「魔法」と呼びたい。 今ここにしかない、他のどこにもない、 幻想世界を作り出せる術は、「魔法」と呼ぶしかない。 「魔法」をかけられた読者はどうなってしまうのだろうか。 それは誰にも分からない。 ただ、変化する、ということだ。 読むことで人生が変化してしまうような作品に 一生に一冊でも出会えることは 読書の冥利であり、劇薬でもある。 できれば、後悔してほしい。 後悔のない人生に意味がないように、 後悔のない読書もまた退屈なのだから。 | ||
タイトル | ウソツキムスメ | |
著者 | 泉由良 | |
価格 | 600円 | |
ジャンル | 純文学 | |
詳細 | 書籍情報 |
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とても悲しいドラゴン殺しのファンタジー。 ドラゴンという存在について考えた。 ひとに何かを託され、ひとに想われ、そして最後は、ひとに殺される。 それはまるで――ひとそのものではないか、そんなふうにすら考えてしまう。 後半明かされるドラゴンの正体を楽しみに読んでほしい。 もちろんそれは、希望と呼べるものでは全くないけど。 ドラゴンと戦う「V」という存在。 この作品のタイトルでもある。 「V」というイニシャルから何を想像するだろうか。 たいていのひとは「Victory」を予想するのではないか。 そうであれば、物語はハッピーエンドを迎えたかもしれない。 ヒントを挙げるならば、「V」は基本的には「女性」ばかりだ。 染色体上の都合で――と作中説明されてはいるけども、 ドラゴンを殺すのが女性ばかりという点は深読みせざるを得ない。 V――女性たちは、羽根を広げ、空を飛び、手にした武器を使ってドラゴンたちを殺す。 描かれるその姿は美しい。ときに、ドラゴンに殺される。その姿すら美しい。 女性たちはそれぞれにドラゴンと戦う理由がある。 それは生きる理由であり、死ぬ理由でもある。 ハルカ、セリナ、エレナ、オリガ、フミコ、それから、アヤノ。 誰もが戦う姿はどうしようもなく美しかった。 それはきっと、誰もがどうしようもなく誰かを愛していたから。 誰もが愛することに殉じた女性たちのファンタジー。 殺されたのは、果たして本当にドラゴンだろうか。 ドラゴンがドラゴンになる前の姿を思うとき、ドラゴンになった理由を思うとき、 またそれも同じ女性の姿であったと、多少のネタバレを含みながら思う。 ファンタジーに、ドラゴンや、女性の戦いや、やるせない愛憎を求める方には、 間違いなくお勧めできる一冊。 ひとつdisclaimerを追記するなら、 ファンタジー(幻想)と呼ぶには多分にリアリティを含んでいるかもしれない。 ドラゴンに幻想を求めている方には推奨できない。 本当はそういう人にこそ読んでほしいと、こっそり思いながら。 | ||
タイトル | V〜requiem〜 | |
著者 | ひざのうらはやお | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | ファンタジー | |
詳細 | 書籍情報 |
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Dominantな小説だった。 Dominant、とは、アメリカ・メジャーリーグベースボールにおいて ピッチングを評価するときに、最大級に近い賛辞として 与えられる形容詞である。 日本語では「支配的」と訳される。 Dominantなピッチャーは、あらゆる球種・緩急・コースを使って 打者を思い通りに打ち取る。 打ち取られた打者は、半ば賞賛の意味を込めてちいさな溜息を吐く。 私がこの小説を読み終えたときの溜息は、それと同種のものだった。 この小説は、dominantだ。 300ページかけてあらゆる人物・伏線・設定を使って 読者を思い通りに魅了する。 この小説は、読書を支配している。 こんな小説を書けることは、作家冥利に尽きることだろう。 もちろん著者の土佐岡さんにとって本作は目的地ではなく あくまで経由地点であることを願う。 ベースボールにおいて評価されるのは一試合の成果ではなく、 シーズンを通しての貢献であるように。 この小説をdominant足らしめているのは、 破綻なく作りこまれた構成と、見事に読者の裏をかく伏線であることは疑いない。 それ以上、著者の土佐岡さんがこの小説と真剣に向き合い、 誠実にこの小説を書いたからに他ならないように思う。 そのようにして書かれた小説は幸せだ。 それはまた、読者の幸せにも繋がる。 「嘘つき」が重要な役割を果たす小説だ。 そんな小説を書く土佐岡さんもまた「嘘つき」なのだろう。 しかし「誠実な嘘つき」だ。 だから思う、騙されてよかった。 300ページを一気に読み終えたあと、残ったのはそんな虚脱感と、 ちいさな溜息と、賞賛と、感謝と。 | ||
タイトル | 嘘つきの再会は夜の檻で | |
著者 | 土佐岡マキ | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |