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「あの夏の話をしよう」 印象的なタイトルと、抜けるような青空と海のまぶしいほどのコントラストが焼き付くような印象を与える、掌サイズの美しい一冊だ。 手にとって開けば、そこからあふれ出すのは美しい写真と、きらきらとまばゆくあふれ出す言葉たち。(余談ではありますが、著者である実駒さんをモデルとした「みこまさん」の登場するまんが「みこまさんの理想的就職」の中で、みこまさんがキーボードを叩くのにつれて、水晶のようにきらめく言葉があふれ出す一場面を思い起こさせます) 閉じこめられたいくつもの言葉たちにはどれも喪失の気配、戻らない「あの夏」の美しくも儚い永遠の日々が刻み込まれているかのようだ。 時は過ぎ、感じた想いも、過ごした時間もすべては流れるままに過ぎていく。すべてと共に、永遠に生き続けることは出来ない。だからこそ、わたしたちは「言葉」を、そこで得た想いを刻みつけるのだろうか。静けさの中で感じるいくつもの気配は、どこかもの悲しくも凛と美しい。 この小さな本の中に閉じこめられているのは幾人もの気配、「誰か」が見たもの、得たもの、失ったものの記憶だ。 入れ替わり立ち替わり現れる人たちとのほんの一瞬の出会いと別れ、切り取られた心象風景はポツンと胸に落ちた滴のようにいくつもの感情の色を落とし、目の前を過ぎ去っていく。 「言葉」の中ではわたしたちは何にだってなれる。どこへでも行ける。それは、こんなにも自由だ。 | ||
タイトル | あの夏の話をしよう | |
著者 | 実駒 | |
価格 | 100円 | |
ジャンル | 詩歌 | |
詳細 | 書籍情報 |
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実駒さんの言葉はいつも、ふわふわきらきらとした青色の惑星を浮遊するようにきらめいている。 言葉の上を青色の蝶の影がふわりと横切っていく美しい表紙で彩られた掌サイズの文庫本を開けば、そこに綴られる文字は活版印刷風のクラシカルなフォントで刻まれている。 旧漢字で綴られた言葉を目と心の両方で追ううち、わたしたちの心はふわりとここではない物語の世界の中へと引きずり込まれる。 綴られた五つの小さな物語はいずれも、切り取られるモチーフは異なれど、「喪われていくもの」に目を向けた光景だ。 「別れ」とは小さな死だ。 離ればなれになった、もう二度と会えないであろう相手が、手放してしまった思いが幾つもある。私の中で彼らは――彼らの中の私もまた、「死」を迎えているのとまるで変わらない。人は誰も皆、たくさんの亡骸を引きずり、引きずっていることすら忘れて生きている。 小さな死をたくさんこの身に抱えながら、私たちはそれでも、朽ち果てることなどなく、生きているのだ。 「追憶のための習作」 と冠された通り、ここに詰められているのは、喪われていくもの・喪ってしまったものを優しく見守るかのような穏やかな想いだ。 表紙をめくってすぐに目に入るメッセージ。その一言の祈りは、読み手の心をまっすぐ照らし出す。 そこに刻まれた言葉と、その先に続く光景がなんなのか――それは、実際に本を手にしたあなたに確かめてほしい。 | ||
タイトル | 追憶のための習作 | |
著者 | 実駒 | |
価格 | 300円 | |
ジャンル | 掌編 | |
詳細 | 書籍情報 |
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スノードームに降る雪を見上げているような、まばゆい煌めきに包まれた言葉たちで綴られる短歌・俳句と掌編小説 「わたし」と「あなた」の間で澱のように揺らめく名づけ得ない感情のひとつひとつ、綺麗なだけではない、危うく鋭い、鋭利な刃物のような研ぎ澄まされた感情のひとつひとつが閉じ込められた物語。 ここでつづられる「異性愛」ではない、さまざまな愛の形のあり方はJUNEという形で括られるに相応しいものなのかな、と感じました。 噂の「大惨事」黒い樹の子どもじみた横暴さや執着の残酷さを照らし出す筆致、感情の奥に眠るものを精緻な筆致がありありと照らし出す文章は冷たくて鋭く的確に読み手を捉えてくるよう。 兄が子を授かる「臨月」での猫の死、「僕の犬が死んだ」での愛犬クロの死など、全編を通して喪失とそこからまた新たに生まれゆく新たな感情にまなざしを向けられているのかな、というのが印象に残りました。 「まぼろしの塔」の出会うはずのなかったのに同じ場所から世界の果てを見つめていたふたりはビルディングラブでロマンスだと思います。屋上から見渡せた世界と、その喪失の儚さ。「大人になるってどういうこと?」という少年の届くことのなかった言葉が胸にしん、と突き刺さりました。 永遠に閉じ込めることは出来ないけれど忘れたくはなかった。そんな風にしていくつもの夏を通り過ぎていった「いつかの誰かの追憶」のような肌触りにしん、と染み入るような心地になりました。 冬銀河だれのためでもない光 (Doppelgänger) 光とは君にまつわることすべて四月の風に吹かれる産毛 (いわゆる青春) 好きな言葉がたくさんありましたがこの二句が好きです。 取り戻せないこと、を胸にただ過ぎてゆく時を、それでも歩こうとする背が見えるようで、凛としたたたずまいはとても優しい。 ※実駒さん曰く共依存DVカップルの別れを描いたという「いわゆる青春」のやるせない美しさについてわたしと小一時間語り合ってくださる方を募集しております。笑 読み終えた後に胸をよぎるのは、「喪った」ことに気づいたことで手に入れた永遠もあるんじゃないかな、という思い。 あわいきらめきに包み込まれるような一冊でした。 | ||
タイトル | ノスタルジア | |
著者 | 実駒 | |
価格 | 500円 | |
ジャンル | JUNE | |
詳細 | 書籍情報 |
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大人とはある一定の年齢となれば、何か特定の経験を積めば自ずとなれるものではなく、みな不完全で危うい子どもの自分を覆い隠す仮面を付けて演じているだけなのかもしれない。 成長過程の危うい体と心を持て余した思春期の少女たちを保護者から一時的に預かる「学校」という場を主に舞台としていることから、受けたのはそんな印象でした。 自分を変えよう、と踏み出した聖羅はひょんなことからサディストだという保険医の先生、秋人と恋人になるのですが、凝り固まった聖羅の体と心を文字通りほぐしてくれた秋人もまた、表の顔である「保険医」と裏の顔である「サディスト」の仮面の下で、癒えない傷を抱えた子どもであることが示されます。 大人とは結局は幾つもの傷を抱え、時にそれをやり過ごして、それでも生き延びることを諦めなかった生存者であり、今現在もがき苦しむ子どもたちに出来ることがあるとすれば、彼らに真摯に向き合い、寄り添うことなのだろうか。 問題を抱えた生徒たちと向き合うことは、かつての少女だった自分と共に生き続ける聖羅への問いかけのように重くのしかかります。 重いテーマを扱ってはいますが、空想と現実の世界を行き来しながら、初めての恋人や友達との関係性の築き方、はたまた自分らしいスタイルの見つけ方に四苦八苦し、時に空回りする聖羅はとてもチャーミング。起伏のある展開と個々のキャラクターの魅力を軸に、どんどん読ませる力に溢れています。 逃れられない過去を受け入れ、赦すこと。本当に大切な物を選ぶこと。 不完全な思いを預けあい、時に傷つけあいながらそれでも「誰か」と共に生きることを通して、聖羅は自身の生きる道を見つけ、自分を守ってくれた空想の世界を手放す決意を決めます。 自分の居場所を、手に入れられるかもしれない安寧を手放してでもすべきことを追い求め、旅立とうとする聖羅の姿はどこか、物語の虚構の世界を通して違う人生を生き、そこからまた現実へと戻っていく私たちにも重なるよう。 全ての「生存者」たちへの優しいまなざしに心を掬われるかのような、とても優しい物語でした。 | ||
タイトル | 白蜥蜴の夢 | |
著者 | 宇野寧湖 | |
価格 | 800円 | |
ジャンル | 恋愛 | |
詳細 | 書籍情報 |
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家の鍵を忘れて家に入れない……子どもの頃、誰しもが一度は体験したであろうシチュエーションから物語は始まります。 さてはて、家に帰って探しても鍵がない。どこにやったの? しっかり者の同居人エイちゃんに叱咤されながらの失せ物探しの行方は? 良い意味でなんてことはない失せ物探しのライトタッチミステリー。 なんてったって魅力的なのは強面で素っ気ない態度のしっかり者でありながらおっちょこちょいのみちるを温かく見守る同居人エイちゃんと、そんな彼にしっかり甘えているみちるのキャラクター。 短いお話に切り取られた日常の中に、このふたりのニヤニヤ感がぎゅうっと詰まっているのです。 一緒に鍵のありかを推理するもよし、素直に読んで解決編でなるほどーと納得するもよし。 キュートなふたりにニヤニヤきゅんきゅん間違いなし。 | ||
タイトル | 鍵が見つかりませんお月様。 | |
著者 | 土佐岡マキ | |
価格 | 300円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |
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八年前、江波透夏の母親が殺害された。犯人は透夏の友人、西末悠だ。 八年前のあの日、の衝撃的な一場面から物語は幕を開けます。 生い立ちや過去に巻き起こった事件が暗い影を落とすことになったためか、透夏は誰に対しても距離を置き、後見人であるという『同居人』との関係にもどこか不穏な影が漂います。そんな中、彼女は八年前に交わした悠との約束を果たし、彼と再会すること、欠けた記憶を取り戻すことを願っています。 しかし当然、事件を知る周囲の人間は透夏の行動を反対し、彼女の周囲で巻き起こる通り魔事件の犯人こそがかつての少年A=西末悠なのではないかと疑いの目を向けます。 八年前と現在――時間軸を行き来する中、親の愛情を満足に受けられず、それでもひたむきに生き抜こうとしていた透夏と悠の出会い、彼らが生存戦略として企てた「計画」の行く末が語られます。 かつての彼らの選んだ選択とそれがもたらした「事件」、再会のその先で語られる透夏の記憶の底に封じられた「八年前の真実」とは―― 不穏で重苦しいテーマを抱えたお話ではありますが、文体には安定感があり、すらすらと夢中で読み進めることが出来ました。 感情表現があまり得意ではないけれど穏やかな人間関係を結び、深く周囲から愛されている透夏を取り囲む個性豊かなキャラクターたちの織り成す流麗な物語運びはとても魅力的。 様々な「嘘」と「愛」が一本の線として流れるように集約していく結末にはどきどきさせられました。 アンソロジー掲載(http://text-revolutions.com/event/archives/5481)の掌編の際から、素直になれないまま互いに手を差し伸べ合おうとする二人に密かにニヤニヤしてしまっていたわたしは「八年前の事件」にすごくびっくりして本編を手に取りました。 不穏な共犯関係を結び、傷つけ合いながらも互いを救おうとした彼らが、結び直した「絆」の形は……読んだ方のお楽しみです。 ひたむきに生き抜こうとする子どもたちの青春小説としても読めるミステリー作品は、個人的な好みかもしれませんが初期の桜庭一樹作品の読者あたりにもピン、とくるかもしれません。 読み応え充分でありながらスルッと読める快作。 | ||
タイトル | 嘘つきの再会は夜の檻で | |
著者 | 土佐岡マキ | |
価格 | 1000円 | |
ジャンル | 大衆小説 | |
詳細 | 書籍情報 |