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澱のように脳裏を揺らめく不透明な感情にじわじわと蝕まれていくのを感じるこちらを前に、いつも通りのあの得意げなにやにや笑いを浮かべるようにしながら、目の前の男は尋ねる。 |
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「ほどけない体温」は、周と忍というふたりの男が出会い、 幸せになるまでを描いたBL作品である。 BLの文法に従い、男性同士の恋愛模様が描かれ、 お約束の濡れ場もある(R18であるため、描写は濃いめだ)。 BLは、エンタメ⇔純文学、という軸でいうなら、 わりとはっきりとエンタメに寄っている分野だと思っているのだが、 本作は比較的、純文学寄りだ。 キャラクターというよりは、血の通った人間が描かれている。 主人公・周のまわりには本人いわく「ゼリー」の膜が覆っていて、 それは自覚した同性愛者としての苦悩であり、 世界との接点が見いだせない。 そんな周のまえに、おちゃらけた男、忍が現れる。 ふたりの出会いから、物語は密度を増していく。 忍は周に気持ちを寄せ、その「ゼリー」の膜をやぶって彼と気持ちを通わせようと挑む。 どれだけ「ゼリー」の膜に拒絶されても、何度も、めげずに。 本当は周と忍が出会った瞬間から、ふたりの気持ちは通じていたのだと思う。 だからこそ、なかなか繋がれないふたりの姿はもどかしい。 「ゼリー」の膜はもはや周自身でも制御できなかったのかもしれない。 物語半ば、ふたりが身体を重ねた場面では、 「ゼリー」の膜は破られていたのだろうか。 物語のラストシーンでは? ふたりの、周と忍が幸せになるまでの物語は続いていく。 それは、読者がふたりを応援する物語でもある。 誰にだって。 そんなことを考えた。 誰にだって、「ゼリー」の膜はあるのではないか。 だからこれは対岸の物語ではなく、 もっと身近な、少なくとも周というひとりの人間のなかにあった物語だ。 それだけに切実で、苦しい。 彼の感傷を追体験することができたなら、 それはそのまま、読者の物語になる。 もしも読んだひとの心のなかに、周と忍を住まわせることができたなら。 それを、ハッピーエンドと呼んでもいいのかもしれない。 | ||
推薦者 | あまぶん公式推薦文 |
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キャラクターの描写がほんとうに達者な作品だと思います。みんな物語のなかの人だとは思えないほど生き生きしているんですよね。全体に流れる生活感だったり(とくにごはんの描写!)、心の動きがストーリーに密接にからんでくる造りだったりがその源だと思うのですが、とにかく、キャラに愛着が湧く!そのぶんどっぷり肩入れしてしまう!そんな特徴を持ったお話です。周くんが悩んでいればこっちもなんだか苦しくなってしまうし、忍くんとの関係が深まっていく過程は喜ばしい。優しすぎるがゆえに不器用でいじらしい周くんにほんとうに幸せになってほしいと思ったので、彼の前に現れた忍くんはわたしには天使に見えます。一見軽いんだけどほんとうは頭がよくて、ちょっぴりうざくてあざとい人たらしの天使です。(こんなの好きにならないわけがない)(個人の意見です) とくに心を動かされたのは終盤、周くんが昔傷つけてしまった男性、タカミさんに対して独白する場面。詳しくは読んで確かめてほしいのでネタバレしないでおきますが、ちょっとしんみりさせられつつもあたたかなカタルシスが待っています。 痛みや苦しみはありつつも、優しい世界の物語です。キャラクターたちに寄り添ってその世界に浸りきったあとは、やわらかい気持ちになれるはず。 | ||
推薦者 | まゆみ亜紀 |
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商業BL文庫の棚にささっていたとしても、何の問題もない一冊。 最初から最後まで過不足のない鉄板展開で、迷わず読ませる。 綿密なプロットと構成がすけて見える。 相当のスピードをもって書かれているのがわかる。 熱量に圧倒される。 「天才というのは、ほんとうにいるものだな」と思う。 こなれた文章や造本についても、BLを書き始めてわずかな年数とは思われない。 ただ一つ、後悔していることといえば、「しまった、スピンオフから読んでしまった……!」 周くんの葛藤がきっちり描かれているだけに、それを知らない状態で前作を読みたかったという、ワガママな気持ちに。 もし、ひとつだけ注文をつけるとすれば、「忍が周を好きになったきっかけって何なんだろう?」というところ。完全に周くんの視点で話が進んでいるので、忍の気持ちが読者にはわからない。その、わからないところがミソなわけですが、ちょっとした補足エピソードが欲しかった。ささいなことでいいのですが、忍にそこを、告白して欲しかった……。 ただ「タイプだから」「気になるから」というだけで、そこまで人を好きになるものかな? 周くんも、そこが疑問だったのではないのかな、という。人に一方的に踏み込まれるのって、けっこうなストレスなので、私が周くんでも、相手が忍でなくても、うっとおしいと思うんですよね。理由がわかると安心できるというか。 そこがあれば120パーセントの完成度だと思います。 というか、シリーズをさかのぼって、読まなければ……! | ||
推薦者 | 鳴原あきら |
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丁寧に紡がれた関係性にあたたかな読後感を得たBL。テンポの良い若者たちの会話のリズムに乗って、すいすい読み進めました。 ゲイであるというコンプレックスを抱える周に対し、ぐいぐいと距離を縮める忍。忍くんのまっすぐな愛情、懐にするりと飛び込んでくるさまはとてもチャーミングです。 印象的だったのは食事のシーンです。ふたりは何度も食卓を囲みます。居酒屋で、アパートで。距離をはかりながら、秘密を打ち明けながら、少しずつ互いを受け入れ許すため、あるいはなんでもない朝や晩の営みとして。決して贅沢な食事ではないけれど、とても豊かな日々。 とくに周と忍が初めていっしょに食べる朝ごはん、忍がごはんをミネストローネに浸して食べるシーンがとても好き。周が世界に引いていた一線「灰色のゼリー」を、忍がやすやすと越えてくる印象的な描写です。 周の、自分は同性愛者であるという苦悩、それゆえの周囲への不信感もとても丁寧に描かれています。自分のうちにこもりがちな周ですが、じつは周囲の人たちはみんなあたたかい。友だち、バイト先の同僚、忍の友だち海吏くんや春馬くん、きっと周の実家の家族だって(方向性や種類は異なるとしても、周にとっては受け入れがたいとしても、受け入れないことを選択するとしても)愛情深いのではないか。 手を伸ばせば、心を開けば、あたたかな世界が広がっている。ただそれを無理にこじ開けようとするのでなく、周が忍とのやりとりを通して徐々に獲得していくのが素敵だなあと思いました。焦らなくていい、だめでも格好悪くても失敗しながらでもいい、不完全な若者同士が寄り添って、自分たちのペースでふたりだけの“生活”を手に入れる。その小さな達成にほろりとしました。 あとがき、後日談的な章、ペーパー、そしてweb等、周と忍の物語は続いていきます。幸せなこともそうでないことも、二人で紡いでいくのでしょう。物語を見届けたあとにそれを味わえるというのは、読者として幸福です。作り手とキャラクターが相思相愛であることが伝わってくる、愛情にあふれた作品です。 | ||
推薦者 | オカワダアキナ |
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とにかくキャラクターが魅力的!! 会話のテンポもよくて、生き生きしてる。 最初はツンツンしてた周が どんどん忍にハマっていくのがめっちゃツボでした。 | ||
推薦者 | 第0回試し読み会感想 |
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他人に興味がない、と言いつつ他人をものすごく気にする男の子が主人公のBL。 他人には理解してもらえない、と絶望しつつ孤独は選ばないので(割とよく大人数で集まってワイワイする場面がある)よりいっそう孤独感を味わうことになる。 自分をよりどころにして生きるのを「地べたを歩く」感覚とすれば、彼の毎日はまるで足のつかない水中をずっと泳いでいるような苦しさだ。 この子はちゃんとどこかにたどり着けるのだろうかと心配しながら読み進めると、地べたを見つけないうちに恋に落ちてしまう。 心身ともに深く愛し合っているのに、自信がないからそこに確かにある愛を素直に受け止められない。 共にいる喜びより失う恐怖がまさってしまう。 当然相手にも不安は感染し、二人を隔てている何かを埋めようと、ひたすらに愛の言葉と行為を重ねてゆく。 一応ハッピーエンドにはなっているけれど、彼らがしっかりと地べたに立てたのかは分からない。 ただ、二人の日々がこのまま続けば、いつの間にか地に足がつき、息苦しさや怖さも消えるのかもしれない。 ……あんまり推薦文になってないな。困ったな。何度も読み返すくらい好きなんだけど。 最初の一回は主人公の不安に引っ張られるように一気読みした。 物語全体に満ちる不安感と、それがあるがゆえの性的高揚感。 恋にとっても読書にとっても、不安は大事な要素なのだと学んだ。 相手や今ある幸福を信じられない辛さ。 信じたい、信じてもらいたいと願い、ゆっくりと信じ合えるようになってゆく時の、あたたかい感触。 一人では生きていけない二人が、恋に溺れてゆく甘やかさを、存分に楽しんで欲しい。 | ||
推薦者 | 柳屋文芸堂 |