「嘘つきのすき」


嘘つきの隣に座りむしやむしやと食むサンドウィッチ「今日は満月」

雨のなか看板見上ぐ映画館、ひとり今宵はペーパー・ムーン

トリックとトリップのあひだの距離の十五センチで会議は踊る

この地から旅立つときは独りだらう八十日間世界一周

醒めたとき夜が一回転してゐて笑つてゐるのはペーパー・ムーン

ひとりだから結ぶのは解けてゐるからだから星座になりたいつて月と泣く

嘘つきは蝙蝠傘を差し出して「雨が降るから」などと云ふのだ

ものがたりの重要登場人物が星座になれるのギリシャのはなし

星座になりたいだなんて云はないで恋はしないでペーパー・ムーン

それは吊るもの愛をひつかける為の釘、信じないもの嘘つきのすき

深爪の三日月の月が疼く頃また呟いた「嘘つきがすき」

   ■ 泉由良

九月雑詠

  ■ 牟礼鯨

グラノーラにヨーグルトがけ夜業終ふ

あたらしいベッド並ぶる早稲田かな

月光や川の向かふに鉄工所

わらび餅売る歌焼肉屋の裏に

眠すぎて二百十日を過ぎにけり

寿司屋もうやめたのかしら秋の雲

秋夕焼や話は醤油麹から

木の実落つ美術館から抜けられず

荻の近親へ萩の遠戚へ粉糠雨

ウェディングドレスを載せて颱風へ

吊花の実や建築家亡き宅に

乳酸菌飲料売りに竜田姫

からあげのはみ出してゐる爽やかさ

旧姓と靴を捨てます秋の空

月の香は濃し彼岸花白ければ

神鈴は秋声となり事任

白い花が好きな人ゐた金木犀

川蟹を茹でる時間は虫の声

秋晴へ諸手をあぐる衆議院

水澄みて星野みなみの言ふとほり

九月題詠「月」

秋風や 友に誘われ 出てみれば 馬も眠りし 満月の夜

そぞろ歩く 道の暗きは 比類なく ただ光るのは 天頂の月

目を移し ふと我らがあとを 見てみれば ほの白く浮かぶ 月影ぞある

月影と 友と四人で 行く道は 虫の声 片時も絶えず

月見れば 思い起こすは 青き日々 あの月影の 行方やいずこ

       ■ 偲川遥

九月題詠「月」

毎月の取捨選択の結末に残ったものが私の人生

あの人は月のようだね裏側は誰にも見せず一人凍える

リゾ婚でムーン・ブライド流行ってる未来までちょっと見に行ってくる

歯科治療終わり毎月来る葉書「定期検診おいでください」

しがみつくふりしてぐっと三日月の形になれと残す爪あと

       ■ 朝凪空也

八月自由詠

なにものにもなれないことに気づいても心臓はまだ動き続ける

一億回/一生(ヒト) 今何回目? 私の鼓動

AIBOより長生きしちゃう僕たちを知恵ある者(ホモ・サピエンス)とヒトは名付けた

ゴミの日に合わせて今日もわたくしは段ボール箱縊り殺しぬ

満足した豚になりたいプラトンじゃなくてプランクトンになりたい

       ■ 朝凪空也

九月都々逸「月」

四角い月に魅せられていたおかしい世界の真ん中で

ぼくのいない国に暮らしてみたいな月が3つあるあの星の

引力重力どうでもいいけど引き合う力を愛と呼ぶ

空に浮かぶもの愛を統べるものきみがわたしにくれたもの

月のなかにあるわずかな水は塩辛いのか涙のように

きみの命はあの月みたいだ無くてもいいけど美しい

 

        ■ にゃんしー

「夜中の理性」

闇の中コンロの下に蛍光のデジタル数字の03:45

真夜ん中台所に直立してもフォークで髪は梳かない理性

開くなり光を溢す冷蔵庫まるで月夜の救命ボート

一度だけガス火を点けてみようかと でもまぶしかつたらきつとかなしい

真夜中にメッキのスプンやフォークなど丹念に磨き魔女みたいかも

電気スタンド話し相手のアルコホル 珈琲に至る失態の夜

夜中は甘美だれも居ないから甘美他人に映写機で見せてあげたい

横になる縦になる斜めになるいづれ枕元には時計は無いです

角砂糖、ミルヒ、メモ帖、万年筆、夜中は私の所有するもの

無頼派の床に寝転ぶ女なら夜明けといふ名の朝は知らない

     ■ 泉由良