出店者名 白昼社
タイトル すな子へ
著者 泉由良
価格 600円
ジャンル 純文学
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紹介文
街にいつの間にか蔓延る珈琲人形を縦糸に、紅茶屋の女性すな子を横糸に描く、
大正ロマンに似た偽史の世界の作家の前半部の日記物語

古書店で働く「すな子」と彼女と出逢った偽春画師の同棲の顛末を描く後半部の小説「音夢-NeMu-」

すな子とはつまるところ、誰だったのか?
すな子は誰を愛し、何を求めていたのか?
触ればするりと逃げてしまうような、うっすらとした彼女だけの美の世界。

  某月某日

 街で初めて珈琲人形を見つけたのは、確かにこの日であったと記憶している。高層の夢を敷石にして出来ている駅のすじ向かいの両替屋はウィンドウに小洒落たものを飾るのが好みらしく、そのなかに顰めっ面をして飾られていた、それが確か、珈琲人形であった。珈琲人形はシルクであろうドレスを着て、細い白い腕でそのドレスの裾に触れながら、口許を結び目を伏せていた。小さく、然し精巧な人形だ。
 ──目を開けないだろうか?
 思っていたら声になって聞こえたが如くにぱっちりと目を開いた。それだけで辺りに花が咲いたような気になった。
 私は云った、夢中になって。
「うちにおいで。衣装を沢山作って、毎日珈琲も飲ませてあげる、だから、おいで。こんな所から連れ出してあげるよ」
 抗い難いほどに、彼女を、手許に置きたかった。彼女にはそれをして余りある魅力があった。
 珈琲人形は、無言で嘲笑うかのような笑みを浮かべ、また目を伏せた。
 あとは、幾ら眺め続けても微動だにしないので、私はその日は諦めた。

 *

  街

 街で偶然すな子に遇った。翠と白の縦縞の着物をきちんと着ていて、婦人会合へいってきたのだと云う。云いながら、深い呼吸をし、くたびれたわ、と付け加えた。
「いつものよりかおいろが悪いのではないか。休んだ方がいい」
「まあ、座ってもよろしいかしら?」
 煉瓦畳みの大階段の裾の方に、私たちは座った。すな子は日傘を傾け、ハンケチを出してこめかみにうっすらと浮いた汗を拭った。
「和装とは珍しいね」
「ときにはこちらの方が評判が良いのですわ」
 すな子の口調には皮肉が交じっていた。きっと婦人会など嫌いなのだろう。店ではいつも、すな子は黒い洋服と白い前掛けを着けている。衿に皺ひとつなくきっちり糊が利いていることを思い出した。
「貴女は洋装がお好きなのでしょう?」
「この国に西洋が差し込んできてから幾年が経つでしょうね」
 すな子ははっきり応えずにそんなことを云った。


芳醇な幻想に蝕まれて

甘いと言おうと思うも、何か違うと言葉を探していたのですが、芳醇、これだ、これです。ウイスキーや赤ワインを甘いと言うときの、芳醇な二篇。読後は酔い心地。

『marionnette à café』

「抄果十三年葉月」
それは何処の、何時の時代の話なのか、日記に記される珈琲人形は浪漫の象徴のような姿をして、しかしその実態は朧げな。そしてその珈琲人形の記述と交互に現れるすな子との一幕。段々と浮き彫りになるこの日記の著者。そうだ、珈琲は苦いものだ。


『Drowsisness is most Danger』

「音夢 Ne-Mu」
古書店で働き始めた須那子は、画を仕入れてくる須藤さんに誘われて、彼の宿までついていく。研ぎ澄まされる触覚と錯覚、酩酊。取り憑かれていく、蝕まれていく、しかしそれは心地のよいものだ。求めるままに辿り着いたところ、望むままに落ちた先。
推薦者桜鬼