出店者名 雫星
タイトル 古の英雄譚
著者 神奈崎 アスカ
価格 1500円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
少女の故郷は、瞬きの間に凍った。
霊峰マジュヒックの麓、ベルフ村に住む少女ラウは旅を余儀なくされる。全ては、世界に漂う妖精が一因となる氷を溶かす力を持つ、南の果ての森に住まう魔女に会うために。そして、村人と実りごと凍った村を救うために。
道連れの一匹は、魔法の力添えを経て繋がる《朋番》の雌狼ミシャ。
背に弓を、腰に剣を、瞳に使命を。一人と一匹、予断も許さぬ雪中行軍が始まる。

極寒の旅路に出会う多種多様な民、妖精、自然を統べる大妖精。――そして、魔物、魔族、魔王。
狼頭を持つ灰色の王と、炎を纏う赤眼の魔女。二つの出会いが、戦いが、ラウの人生を大きく狂わせてゆく。

 ラウが目にしたのは、凍てついた村だった。

 確かに、マジュヒック山嶺の麓に位置するベルフ村は冬の厳しさで有名だが、雪の季節は未だ遠かった。筈だ。

 自ら事切れさせた兎の肉塊が、革袋ごと厚い氷雪の大地に落ちる。どさり。音は粉雪のせいで大きくならず、故にラウは手中に何があったのか、そもそも手に何を持っていたのかさえ忘れ。

 少女は、凍てついた故郷を彷徨う。

 誰か、父さん、母さん。友の名を、仲間の名を、そして家族の存在を。真っ白な吐息と共に大きく口にはするが、しかし微塵も響かない。真白いものが、全ての音を吸い込んで、静寂だけをラウに返すばかり。

 短くとも瑞々しい草木に包まれた大地は、代わりのように氷に包まれ、乾いた青空は厚ぼったい灰色に成り代わる。ふらり、ふらり、ラウは覚束無い足取りで、今日まで生きてきた村を巡る。

 生命の緑は細やかな白く冷たい砂に覆われ、時折風と共にラウの頬を強く撫でる。冬の装いなどしていない少女の体を、大地から空から冷やしていく。

 予感は、全くなかった。

 前日は見事な秋晴れで、今年は豊作だと畑番の者達が朗らかに言っていた。村の外れに自生している果実の木には、森からの恵みだと言外に伝えんばかりにたわわな実がなっていて、今朝方少しばかり失敬したばかりである。その後は、大人達に混じって狩りを行い、大物を捕まえた彼らの背をその場で見送った。ラウには行きたい場所があった。先日、山の方に罠を張ったので、その確認である。

 罠を張った箇所へ赴き、運悪くも捕まった兎を幾つか狩ったところ、雲行きが怪しくなった。昼の頃合いでもあったので村への帰路を急いだら、これだ。

 再度、村を見渡す。人が、人のいる気配が不思議とない。道には勿論、点々と建っている家にすら。

 妖精もいない。音も重さも感じさせない魔力が詰まった煌めきを、空気のように漂う光を、一つも目にしていない。

 言葉に表しきれない恐怖が、ひたひたと足を包んでくる。ラウは懸命に歩を進め、見落としのないよう、蒼天の目を光らせた。


創られた者たちの慟哭の冬物語
主人公の平和な生活は、ある日を境に一変する。

氷結する村をあとにして、主人公は旅立つ。
旅の先々で、主人公は身勝手な創造主と、創造主の思惑に振り回される哀しい存在を知る。

主人公の「敵」である存在とは、なんなのか。
封じられた者も、倒すために創られた者も、そしてその間に立つ主人公も、みな、自分の在り方に苦悩し、望まぬ結論を出さざるをえない。
そして、それを強いた存在の身勝手さを思い知ることになる。

物語の終わり、主人公たちがもぎとったその明るい光景と、胸の内に宿る悼み、そのコントラストに思いを馳せる作品。
推薦者宮田 秩早