出店者名 まんまる書房
タイトル 鉱石トリビュート「幻石」
著者 ひざのうらはやお
価格 800円
ジャンル 掌編
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紹介文
ひざのうらはやおが鉱石をモチーフにした短編を書き上げたトリビュート短編集。鉱石トリビュート企画「ゲンセキ」の片割れとなるこの作品は、実在しない4つの鉱石をモチーフとして、それぞれ4篇の短編を書き上げている。


テーマとなる架空の鉱石は以下の4つ。
・空石(スカイストーン)
・血石(ヘマダイト)
・虎翳石(トラコナイト)
・霊石(イオピリアス)

「まだらな二人」(虎翳石:トラコナイト編)より抜粋

「じゃあアレですか、最近滑り倒しなのは就職先見つけたからなんすか?」
 清水の顔が一瞬こわばり、足にヒールの先が突き刺さる。でも俺は気にしなかった。
 どうせこいつは芸人を辞める。あと何回も顔を合わせないうちにただの中年のおっさんになるのだ。もう知ったことではない。
 だが、トンガリさんが俺に見せた表情は、先ほどまでとほぼ変わらず、柔和のままだった。
「――やっぱり小島には気づかれとったんか」
 思い出した。中学生だったか、人生ゲームで運命の決算マスをすれすれのルーレットですり抜け、上がりが見えてる奴の顔とおんなじなんだ。だから、妙に焦らされるのだ。
「あんなあ、これいうのお前らだけや。事務所にも秘密にしてんねんけど――俺、結婚すんねん」
「えっ」
 息を吸うのが精一杯の俺の横で、清水は鋭い声をあげた。
 太くて無骨な指には似合わない、繊細な細いシルバーのリングを、トンガリさんはゆっくりと薬指にはめた。
「彼女とな、もう七年になんねん。劇場っちゅうんは先輩後輩ほとんど関係あらへんから、ギャラいうたらお前らとほとんど変わらん。――小島、これがどういう意味なんかお前ようわかるやろ?」
 文字通り尖った顔で睨むように見つめるトンガリさんは、けれどいつものような凄みはもう消えていた。
「嫁さん食わすために、芸人辞めるんですか?」
 俺の口調に、俺が一番ビビっていた。あまりにも、あまりにも平静を保てすぎた。
 いつもの俺だったら、手に持っていたジョッキでトンガリさんの脳天をがっつり殴っていたような気がする。というか絶対そうしていただろう。いい加減にしろよ、とか、芸人なめやがって、とかふざけんじゃねえよみたいな感じの言葉を吐き捨てるように並べて。
 だが不思議なことに、俺の中に一切そんな感情はなく、むしろ、どこか胸がすうっとするような安堵と、その脇に目をそらしたいほど醜悪な感情がともに芽生えていて、その場で頭を掻きむしりたくなった。清水はうつむいていて表情がよく見えない。
「おう。食えんと暮らせんからな」
 一瞬、場が無言になる。
「それにな、もう潮時やってん」
 朗らかな笑みを浮かべたトンガリさんは、もう芸人の顔をしていなかった。


グーで変化に手を伸ばす
グーで変化に手を伸ばす

グーチョキパー、のグーです。
地に足のついた力強さのあるタッチで描かれた、毛色の異なる四つの短編。

空石
「At The SEVENTH Heaven」
地球の重力に逆らい浮遊する人類の居住地域「天球(ヘヴン)」。その「第七天(セヴンス)」へ降り立った異天人(バルバロイ)たちは支配に満ちた地に一体何を見出し何を思うのか。

血石
「死闘! 四本腕の男!」
第何話。と見出しがつきそうなホウガイアクション。帝国軍に届いた果たし状、それを受け機巧魔術捜査課の強者たちが出張るーー

虎翳石
「まだらな二人」
やりたいこと「お笑い」をやっている清水と俺のコンビだが、生活はぎりぎりで笑えない。リアルな会話、描写で紡がれる人ふたり分の悩みとその結論。

霊石
「霊石イオピリアスについて」
ロケットでブラックホールへと向かう僕と飼い猫ホメオパシー。独白と回想は収束していく。霊石イオピリアスとは、如何なるものであるのか。
推薦者桜鬼

手応えの薄い、それだけにリアルな不安
ぼんやりとした、いまそこにある手応えの薄い、けれどもそれだけにリアルな未来への不安

収録された四編の風合いを表せば、こうあらわせるだろうか。


空石「At The SEVENTH Heaven」
天に浮かぶ天球……滅びゆく第六天から第七天に逃げてきた仲間の物語。
第七天にも問題があり、その問題は、仲間の不協和音となる。
鎹となる人物はすでに失われているなか、来たるべき次の厄災に主人公たちはどう向き合うのか……

血石「死闘! 四本腕の男!」
コミカルな表題、原色の色合いの特徴の際だったキャラ設定。
物語もテンポ良く進み、からりとした読後感。
しかしながら解決された問題の背後にあるものの不快な手触り……

虎翳石「まだらな二人」
支え合っているのか、依存しているのか。
そもそもそれは区分可能な関係なのか。
ふたりの関係に関するきっぱりとした決意にもかかわらず、自分たちの未来を見詰めるふたりの視線には、独特の影がある。

霊石「霊石イオピリアスについて」
閉じた世界。主人公には迷いはない。
しかし、神視点の読者が見通す世界は昏く不安なものに満ちている。

舞台はSF風、FT風、現代もの。
対人関係への、世界への、ぼんやりとした、リアルな不安……それは現実にも存在し、名付けられることなく我々が内包しているものかもしれない……を感じられる作品。
推薦者宮田 秩早