出店者名 尼崎セレクト
タイトル 人形小説アンソロジー「ヒトガタリ」
著者 杉背よい・柳田のり子・匹津なのり・西乃まりも
価格 400円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
杉背よい「シンギング・オブ・粉骨」
ある日神様は無名のミュージシャン、ハスミが懸命に歌う姿に見入る。神様は気まぐれに人形を男の元へ使わせることにした。その名も藤井。姿はおっさん。藤井はハスミに囁いた。
「この藤井と、契約してみませんか──」

柳田のり子「別世界」
市民のほとんどが人工子宮から生まれる未来都市で、自分の体を使って妊娠・出産することに興味を抱いたクレマチスは、未加工の遺伝子を持つ「原生人間」の男を探し始める……

匹津なのり「繭子さんも私も」
着付け教室で和装マネキンの性格を妄想している「ぼっち」の主人公、麦子。静かに傷付き続ける彼女のもとに、ビスクドールの瞳を持った不思議な女性が現れる……

西乃まりも「弔う火」
五十年に一度、作り変えられる女神像。その節目の巫女となるために育てられたマナは、女神を祀る神殿へと居を移した。そこで彫像の製作者・玉蓉と出会うのだが……

「百人の女を妊娠させるんだって」
「馬鹿げてる」
 ガス田を持っているという富豪の男に依頼され、人工睾丸を育てたことがある。人間の睾丸を持った人工生物のようなもので、黄色い培養液の中を静かに漂いながら大きくなる。富豪の男の遺伝子から作られたオーダーメイド臓器だ。
「ここから精液を採取して、保護剤と混ぜて液体窒素で凍結」
「人工子宮を使っていくらでも自分のクローンを作れるのに、いまだにこんなことする人いるんだ」
 細い目、褐色の肌、黒い髪。同じ顔の培養技術者たちはマスク越しに悪態をつく。
「生身の女に『出産』させるなんて」
「百人の女が無意味に痛い思いをする訳だ」
「鎮痛剤は?」
「わざわざ古い技術を指定してくるということは『自然』にこだわって使わないのかもね」
「人工睾丸の精液を使うのに、何が自然なんだか……」
 同じ音色のクスクス笑いが無菌室に響く。
「それで生まれてくる赤ん坊は、半分しか自分と同じじゃない、と」
「原生人間の考えることは分からないね」
 この工場で働く労働者は、人工子宮から生まれた人間が多数を占める。株主が発注して設計された遺伝子を持ち、心身ともに工場での労働に最適化されている。
 クレマチスが昔ながらの方法で子供を産むことに興味を抱いたのは、あの人工睾丸の一件があったからかもしれない。
 最初、街外れの壁を越えて、南に行こうかと考えた。企業体に所属していない南の貧しい地域では、人々は科学技術の恩恵を受けずに生きている。男たちは身一つで畑を耕し、女たちは自分の体を使って妊娠と出産をする。文明を知らない、布一枚だけをまとう暮らし。太古と変わらぬ野蛮さに、クレマチスはひどく惹かれた。
 しかし平均気温が四十度近くあり、台風や疫病にたびたび襲われる過酷な地で、都市育ちの自分が生きていけるとは思えなかった。
 この街で出産することは可能だろうか?
クレマチスの身体は性ホルモンをほとんど分泌しない。卵胞ホルモンを投与して子宮を活性化し、人口センターで作られている卵を着床させるとしたら。卵を購入するのにどれくらいのポイントが必要だろう。
 ここまで考えて、自分の腹部には子宮だけでなく卵巣もあることに思い至った。どちらもクレマチスを作る際に基盤となった遺伝子が、女性のものであったという痕跡に過ぎない。


傀儡がヒトを超える
柳田のり子さん「別世界」
抑制のきいた文章で語られるSF作品。「百人の女を妊娠させるんだって」という書き出しから強烈な世界観に引き込まれる。短編ながら緻密に構築された世界観が見事。「人形」というテーマからこういう作品を発想するところが素晴らしい。

匹津なのりさん「繭子さんも私も」
とにかく登場人物たちのリアリティが秀逸。女性同士のおしゃべりが本当にリアルで、懐かしくも切ない気持ちになる。さらりと書いてあるけれど「私」の心の状況はなかなかに過酷。でもお話そのものが大好きだった旧友みたいな、不思議で愛に溢れた作品。

西乃まりもさん「弔う火」
美しく妖しく、世界観の際立つ作品。そういう「人形」であったか!と嬉しくも驚かされる荘厳なラストが本当にお見事。人間の持つ業や執念、そんな恐ろしいものに思わず魅入られそうになり、いや魅入られてしまいたいと思わせる素晴らしい作品。

杉背よい「シンギングオブ粉骨」
自作です。天才ミュージシャンハスミと紳士の人形藤井、ジャージを愛する神様のお伽話。
推薦者杉背よい

「ヒトガタ」は心を写す鏡
人の形をした人ではないもの、を取り巻く人々の物語。
綺麗で愛らしく、愛される存在としてこの世に生まれた「ヒトガタ」を巡る四編の物語はどれも、「人」という存在のおろかさ、はかなさを浮き彫りにしていく。
「人形は人の欲望と理想を一身に受けるもの」冒頭作品「シンギング・オブ・粉骨」において神に仕える老紳士人形藤井の言葉だ。
彼の言葉通り、4篇の物語に登場する人形たちはいずれも人々の欲望を一身に背負い、愛され・望まれなければ生きていけない人間たちをどこかひややかに見つめる。
人でないものたちのまなざしを通して語られる、人々の生き様の物語――まさしく、「ヒトガタリ」というタイトルを冠されるのにふさわしい珠玉の作品集。

(文フリガイドに寄稿させて頂いた原稿を再掲させて頂きました)
推薦者高梨來

興味深い切り口での「人形」譚
「人形」をテーマにした創作、でファンタジーから現代もの、伝承風のものまであり、人形、という言葉の持つイメージはなんにでもなるのだな、と感服した一冊です。
最初の一編がS(すこし)F(ふしぎ)で心温まる現代ものから始まり、生命の形とあり方を考えさせられるSF、少し世間からずれて傷つく女性と不思議な女性との交流、人間と人形の間にまつわる悲喜こもごもが綴られた伝承風……。どの世界、どの時間にも、人形をテーマとしながらも見えてくるのは人間の業や気持ち、関係なのだなあと感じた一冊でした。
推薦者服部匠

「ヒトガタ」を通して語られる、「人間」の物語
この作品集には、四者四様の「人形」にまつわるストーリーが
収録されています。
それぞれ全く異なる内容ではありますが、「ヒトガタ」を通して
「人間」を描くという、大きなテーマは共通していると思います。

自作品を除く、三作品についてのブログの感想記事の縮小版を、
以下に転載いたします。
作品選びの参考にしていただければ幸いです。


***


杉背よいさま 『シンギング・オブ・粉骨』

V系バンドのミュージシャンであるハスミは、神様から遣わされた紳士人形
「藤井」にある「契約」をもちかけられるが…。
シンプルなのに、どこか哀愁があったり、何気ない行動やしぐさにおかしみが
あったりする杉背さん作品の独特の味わいが存分に楽しめる作品です。
ハスミは考えます。
なぜ歌うのか。聴いてもらうため? 売れるため?
では、売れた先には、一体何が待っているのか。
創作する、すべての人に捧げる物語です。


柳田のり子さま 『別世界』

冒頭からガツンと来ますので、お試し読みを是非ご覧下さいませ!

自然のままの人間が少数派となり、遺伝子を設計され作り出された人間が多数と
なった世界の物語。
クレマチスの台詞とか、考え方とか、たぶんぶっ飛んでるとも言えるんだけど、
とても自然で違和感がなく、そこがすごく面白い。
荒唐無稽のようでいて、ぜんぜんそんなことないと思えるリアルさも兼ね備えて
います。結構なトンデモワード頻出の作品なんだけど、あるかも…って思える
ところが、いやはや、恐るべしな作品です。


匹津なのりさま 『繭子さんも私も』

着付け教室のマネキン人形にひそかに名前をつけているワケあり女子、
麦子さんと、そんな彼女の元に時々現れる謎めいた女の子「繭子」さんの
交流のお話です。
繊細な筆致で、静かに進む物語です。読者の皆様には是非、麦子さんの
気持ちに寄り添って、繭子さんのエキセントリックな雰囲気にくすっとしたり
どきっとしたり、女子同士の微妙な関係に思いを馳せていただけたらいいなと
思います。
そして読み終わったときの、あの不思議に満たされたような気持ちを
味わっていただけたら嬉しいです。


推薦者西乃まりも

人形に興味がなくても大丈夫
杉背よい「シンギング・オブ・粉骨」
何かに駆り立てられるように、自分の身など顧みずに「表現」をしてしまう。その切実さに胸が熱くなる。杉背さんならではの楽しい設定やセリフがいっぱいあって、何度も声を出して笑った。

柳田のり子「別世界」
自作です。設計された遺伝子を持つ人間が多数派になり、普通の人間が少数派になったら、という「もしも」の世界。読んだ人の常識がぐらぐらすると良いな。

匹津なのり「繭子さんも私も」
「人形というものが、人間に何をしてくれるか」
をこれほど鮮やかに描いた作品を他に知らない。文章もリズミカルで気持ち良くて、小説を読む楽しみに満ちたお話。

西乃まりも「弔う火」
まりもさんの作品は展開が面白いからネタバレせずに紹介するのが難しい。神聖だと思っていたものが、どんどん妖艶になっていく様子にドキドキする。ラストシーンがこの本にすごくぴったりなんだ。

四人の作者が言葉や物語を大切にして生きてきたことが、どのページを見てもすぐに分かると思います。ぜひぱらりと開いてみてくださいね。
推薦者柳屋文芸堂

人形もいとおしく、人もいとおしい
人形は、太古より人の社会に在り、時代や場所によって、あるいは所有者によって存在意義も用途も定義そのものも違っていると思いますが、必ずそれは人のような形をして、自ら発生したのではなく造られたのです。「くまちゃんの人形」のような言い方もあるし、人のように二本足で直立している動物の顔のおもちゃにきせかえをして遊ぶものもお人形に分類されます。可愛いイメージだけでなくそもそもが呪いの藁人形に代表される怖いイメージもあり、多様で多彩です。この人形というものを意識する人の目無しに人形は存在し得るのでしょうか?猿人からの進化のどの段階で、人は何故人形を造り始めたのでしょうか?思いを巡らしてみると、人と人形の複雑な関係性が様々我々の心に出現し得て、またそこから人という存在の面白さを感じずにいられません。
 人は、人類としての存在がギリギリにある価値観の中でも、神と芸術との間にも、空想と現実の狭間にも、愛と執着の苦しみの中にも、人形を造り出し、人形と共にあり、何かを希い、関係を結んでいるようです。そのような四つの作品です。
推薦者匹津なのり

ヒトはヒトガタに何を見るのか
人形、といっても、いわゆる「ドール」「お人形」ではなく、字の通り「ヒトのカタチをしたもの」にまつわる作品が収録されています。現代ファンタジーからSFまでジャンルも幅広く、「人形」というテーマの扱いも作者様によって異なる、とても読み応えのあるアンソロジーです。

杉背よいさん「シンギング・オブ・粉骨」
シュールなのにどこか優しくて、不思議な手触りの作品。
人形である藤井さんが持ちかけた交渉について、ハスミが発した一言には心臓が止まるような気がしました。
ハスミの才能を欲していたのは、果たして誰なのか。
喪失の果て、空を見上げたハスミの心の動きに、藤井さんは気づいたでしょうか。

柳田のり子さん「別世界」
短いながら、硬派なSFです。世界観の説明が最低限に抑えられていて、しかしながら奥行きを感じさせる言葉が随所に散りばめられ、「語らないことで語る」ことを成功させていると思います。饒舌に言葉を消費しないが故の潔癖さがよく表現されていると感じました。

匹津なのりさん「繭子さんも私も」
すこしふしぎ、な現代もの。
語り手の麦子さんは結婚直前で婚約者が浮気して破談になった、という過去があって、という背景をさらっと語るのですが、そこにはやはり悔しさや怒り(浮気相手が知り合いという泥沼)、やりきれない思いがたくさんある。
麦子さんは新たに伴侶となる人と巡り会うのですが、いつの日か「こんなことがあったの」と子どもたちに話せるようになればいいなあと思います。
物語に登場する不思議な魅力を持つ女の子たち、彼女らの正体は明言されていないし、麦子さんも追及しようとしないし、それがまたいい。
麦子さんの語り口から想起されるさまざまな感情がとても愛おしく思える作品です。

西乃まりもさん「弔う火」
ファンタジックな設定と、登場人物たちの関係性が見所です。
何を書いてもネタバレになりそうなのですが、巫女として俗世からは隔離されて育ったマナと神聖な存在として崇められ、祀られる「オカタさま」の対比が見事で、「オカタさま」の提案によって精神を入れ替えっこする、そこから読者にいろいろな想像をさせつつの玉蓉の登場、そして「御遷体」の儀式の日……と丁寧に丁寧に物語が紡がれ、その丁寧さゆえに叫び出したくなる、まさに珠玉の一遍です。
推薦者凪野基

人形と人間の邂逅
お人形に関する4本のお話が入ったアンソロジー。
ぱっと明るい話は無いように感じるけど、どれも引き込まれる力作揃い。
いろんな視点があってとてもたのしい。
推薦者藤和

ヒトガタとヒトの間の四物語
どれもこれもストレートな人形ではなく、二癖も三癖もあるものばかり。
にんぎょう。ひとがた。人の形をした、なにか。
人形と人の間に横たわる4つの物語。

「シンギング・オブ・粉骨」杉背よいさん
命を削るかのごとく作り歌うアーティストと、任され、留まり続ける人形。
失うもの何か。手に入れるものは何か。
藤井とハスミの物語ながら、神様の心中も伺いたくなりました。

「別世界」柳田のり子さん
人であって人で無い、人になりきらないもの。なりきらないことで完成されたもの。
『性』という人を語る上で必要なものを極限まで廃して、人間と人間社会の完成を目指した先の世界。コレは一つの答えであり、同時に問題提示とも感じた。

「繭子さんも私も」匹津なのりさん
着付け教室に通ったあの頃。不思議な女性達と出会う。
一つ一つの描写が丁寧で、なんとも艶めかしい。女性が何かを疑いつつも、謎のまま。
愛すこと、愛されること、終わること、終わらせること、終わらせたが故の。葛藤の物語。

「弔う火」西乃まりもさん
オカタさまの声を伝える巫女・マナと、木像たるオカタさま。ヒトガタであるオカタさまと、人形のように愛らしい巫女。
人形とはなんであるか。儀式の意味。哀しいのはオカタさまか、巫女たるマナか。はたまた……。
赤々と燃え上がる炎が象徴的。


人形の魅力、人の在り方、
人形の自由さ、人の不自由さ、
人形であること、人であること。
きっと感じられる四つの物語。
推薦者森村直也