客船フェントーク号は、バニラ星の大気圏に突入しようとしていた。
エセルがラウンジから自席に戻り、シートベルトを着用して間なしに、がくんと大きな揺れが来た。
恐らく、大気圏に突入したのだろう。そう思いながらシートに背を預けた彼女は、次の瞬間、更に大きな揺れで、前につんのめった。
そちこちで悲鳴が上がる。
エセルは咄嗟に船の外を透視眼で見回し――声を失った。
フェントーク号の船首がほぼ真下を向き[#「ほぼ真下を向き」に傍点]、船体が炎に包まれていた。
軍用船ほど外壁に耐久力のない客船は、普通、急角度の大気圏突入を避ける筈だ。さもなければ、外壁が摩擦熱に耐えられない。それなのに、どうして、船首が真下を向いているのか!?
「――落ちてる!」
誰かが上げた叫びで、乗客達のパニックに火が点く。逃げ出そうと立ち上がる者まで居たが、立ち上がった途端に転倒し、通路に投げ出される。船の揺れは最早無視出来ないほど激しくなっていた。客室乗務員達が「落ち着いてください! シートベルトを外さないでください!」と必死で宥めるも、現実に客室内の温度が急激に上昇し始め、船体が軋む音まで響いては、落ち着けと言う方が無理であった。
ふと――
エセルは、自分の右隣に座っている、カーキ色のジャケットを羽織った青いサングラスの男に目を留《と》めた。この騒ぎの中、腕組みをして無表情に座っている。目の表情は、濃い青に遮られていて読み取れない。エセルは奇妙な戸惑いに胸を掴まれた。彼女の超感覚は鈍っていない。なのに、何故か、男のサングラスの内側を覗き見ることが出来ない。
(防がれてるの……? 超能力者《サイオニック》?)
そう言えば、マスタード星の宙港を出た時には、自分の隣の席は空《あ》いていた筈だ。途中で立ち寄った他の星で乗船してきたのだろうか。
いつの間にか隣席となっている黒髪の男の不自然なまでの平静さ、そして不可解さ――それらがまるで凶兆のように感じられ、エセルは、半ば引き込まれるように、相手の心に精神感応《テレパシー》の手を伸ばした。
だが、男の意識は、何かの皮膜に覆われたように、不明瞭だった。
―――「第一章 策謀」より