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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 短編集ポケットがゴミでいっぱい

    柊らし
    700円
    純文学
    ★推薦文を読む

  • 落下を教える学校の片隅で、不安と秘密をわかちあうふたりの少女。
    うまれつき涙腺が弱く、泣くたびに目から魚が飛びだす「わたし」。
    夜の公園で自分のお墓をつくり、現れた幽霊と踊る小学生。

    ──わからなさに満ちた世界で、だいじな何かをなくしたり、みつけたりするひとびとの物語。

    全7編を収録した短編集です。
    新書版 / 130ページ

試し読み

海辺へ向かうバスは花の香りでいっぱいだった。間違ってビニールハウスに乗りこんでしまったのかと疑うほどに。
乗りあわせた老人たちは色とりどりの花束を大切そうに胸元に抱き、車窓を流れる新緑の景色を見つめていた。カーブのたびに大げさなほど揺れる車体。つり革に体重を預けて目を閉じていると、中学生のとき社会見学で訪れた植物園を思い出した。クリーンセンターの隣に建つ、ゴミ焼却炉の熱を利用して花の蕾を温めている園だった。
「百六十年前の開園当時、温室は今の約三倍の広さがありました。戦後の人口減少に伴い、ゴミの排出量が大幅に減ってしまったため、現在の規模に縮小されたのです」
そう説明するガイドさんの口紅は、ハイビスカスのように鮮やかだった。その赤が今もくっきりと脳裏にこびりついている。
知らない土地の朝は澄みわたり、わたしの情緒は乱れていた。寝不足、バス酔い、古い思い出……そういうものが混ざりあって、感情のバルブが緩くなっていたのだと思う。悲しかったわけではないのに、ふいに一滴、涙がこぼれた。
涙とともに小魚が一尾、右目の端からすべり落ちた。おそらくニシンの稚魚だろう。朝日を受けてきらりと光る鱗の碧がみずみずしい。わたしは目元をぬぐうふりをしてハンカチでそれをキャッチすると、あらかじめハンドバッグの中に広げておいたジップロックに放りこんだ。
「大丈夫? ここ、おすわりになる?」
目の前に座っていた老婦人が腰を浮かせて、気遣わしげに声をかけてくれた。
「ありがとうございます、大丈夫です」
わたしは会釈を返すと、背筋を伸ばしてつり革を握り直した。小魚には気づかれなかったと思う、たぶん。
(朝ごはんを抜いたのはよくなかったな)
今さらながらに後悔する。低血糖で心がワレモノになっている。
現地でどのくらい時間を使うか皆目見当がつかなかったから、できるだけ朝早く家を出た。特急と路線バスを乗り継いでの長旅だ。明日も仕事なので、遅くなるのは避けたかった。
ハンドバッグに手を差しこむと、ジップロックの微かな震えでニシンの稚魚が跳ねているのが伝わってきた。ごめんね、と声には出さずに謝る。その隣、昨夜届いた封筒に指先が触れた途端、わたしの胸に波音が満ちた。

ざざあ、ざらざら、ざらざらざざあ。
ざざあ、ざらざら、ざらざらざざあ。

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とてつもない時間も、一瞬で走り抜ける喜び

とてつもない時間が一瞬で走り抜けてしまったとしたら、それくらい、夢中になっていたということを意味すると思うのです。
私はこの本に夢中になりました。とても楽しい読書体験ができました。
この楽しさを説明するために、あえて例えるならば。滑走路を走っていたと思ったら、飛行機は高度数千メートルに達していて、次の瞬間にはシートベルトを外して世界を見て回れる状態になっていた感じです。
まさに、ミラクルなのです。
空間的に視野が広がるのです。
深く練りこまれて作られた短編です。主人公に思いを寄せながら読める優しい語り口もよいです。
何度でも、忘れたころに読み直して、ふふっと笑っている自分が目に浮かぶようです。素敵な短編を一冊にぎゅっとまとめてくださってありがとうございました、と作者に伝えたいです。

新島みのる

ゴミと書いてなんと読むか

隠しても仕方がないことですしそれが魅力でもありますのでお伝えしますが、この本に束ねられた物語たちはどこか様子がおかしいのです。
けれど不思議なことに物語に触れていくうち、「これでいいかも。これがいいかも」などと思ってしまうのです。束ねられた物語たちがどれもこれも堂々と胸を張ってきらきらと輝いているからかもしれません。
この本には、いままで気がつかなかったもしくはどこかに忘れてきてしまった世界の歩き方や眺め方、あるいは味わい方やパレードの仕方なんかが当たり前のように記されています。
全ての物語を読み終わったあとで裏表紙を見て、そうしてもう一度表紙を見直して欲しい。
ポケットにいっぱい入ったものが何であるかがきっとわかると思うから。

七歩

うまいな、としかいいようのない、らしさんしか描けない世界

徹頭徹尾お洒落で、流行の文体まで取り込んで、展開も処理の仕方も巧みで、いつでもどこからでも読んでよくて、そして必ず驚かされる物語。その奇想のバランス感覚。
その人にしか描けない世界があるというのは本当に強みで、うらやましいとしか言いようがありません。
「ふるまえに」みたいな百合(っていったら怒られますかね)は、私には書けないので……。

鳴原あきら

設定の奇矯さにだまされてはいけない

 らしさんの物語の、設定の奇矯さにだまされてはいけない。いや、『見かけの奇矯さに』と言うべきか。
 それは不思議に見えて、その実、世界のどこかで起こっていたり、幼い頃に確かにあったことだったり、遠い未来のそぶりをしながらも、実は町外れの廃工場で起こっていておかしくない出来事だったり、頭に血が上ってるときにお風呂場で観た幻だったりする。
 らしさんはどうしてこんなに残酷で、時々無意味で、でも幸福で愛しい話が書けるんだろう。

 この短編集は、もう、どの話もいい。表題作は言うまでもなく「ふるまえに」「なみだの暗渠」「りゅうのおなかの町」「おハカちゃんは生きている」「踊れ生命、回れスーパーボール」「DO NOT GREEN」、ああ結局、全部タイトルを列挙してしまった。読者の想像力を最大限取り込む余白に満ちているのに、『隙がない』。
 そのくらい優劣つけられない作品集。

宮田秩早

わすれてしまうまえに。(たとえ、わすれてしまっても)

しんしんと音もなく雪が降り積もる夜。休日の朝に布団の中で耳にしたぱらぱらとまばらな雨が窓ガラスを叩きつける音と、おかあさんが朝ご飯のしたくをする気配。道に落ちていた片方だけのちいさな靴やうす汚れたぬいぐるみ。川遊びをしながら拾ったきれいに角の取れたまあるい石。夢中で拾い集めたどんぐりや松ぼっくり。
らしさんが丁寧に丁寧にすくい上げ、みんなのポケットにすんなりと入るサイズに編み上げたすてきなすてきな作品集はそんな懐かしくて優しい気配をわたしたちに運んできてくれる。

空から飛び降り、雪になって大地に降る運命を与えられた女の子たち、涙腺が海とつながっていて涙を流すと瞳から魚が出るようになってしまった女の子、自分のお墓から現れた幽霊とダンスを踊る少女――ひとつひとつの設定は突飛で非現実的で奇妙で、それなのになぜかしん、としずかに胸に優しく響くものばかり。
きっといまもどこかで起こっていること、わたしたちが忘れてしまったこと――ひどくささやかで、だからこそ見過ごしてしまいそうな思いがここにはつぶさに拾い上げられている。
どこかしらひんやりと冷たいのに手に取るとじんわりとあたたかい。丹念に磨き上げられた言葉はすべすべとなめらかで、きれいな空気や水みたいに、読み手の心にやわらかに染み渡るようにとどく。

わたしたちはいつだってなんだかわすれてしまう。
あんなに大切だったこと、あんなに悲しかったこと、あんなにも伝えたかったこと。
それでもいい、それでもきっと大丈夫。「それ」がほんとうに大切だったこと、あなたがとても悲しかったこと、そのひとつひとつを乗り越えていまここにいることを、この物語はきちんとおぼえてくれている。
だからだいじょうぶ、あなたはなにもなくしてなんかいない。いつのまにか空っぽになってしまったポケットには、またあたらしく出会った宝物をたくさん詰められるはずだ。
たとえばほら、このすこし縦に長くてすべすべの表紙にのびやかに呼吸するような文字でタイトルが冠された本だとか。

高梨來