一
死ぬかどうかまで他人に決められないといけないのかよ、いい加減にしてくれよ。そんなふうに感じながら、おれは頭上高くに坐るイキモノを上から下まで塗り残しなくにらみつけた。苛烈なおれの悪意はなんのその、閻魔は涼しげに髪をかきあげる。
「そんな顔をされてもね」
日本語が通じるのが不思議に思うほど、人間離れした顔立ちだった。日本人離れ、じゃない。人間離れ。人型のくせに、人に見えないのだ。
「死んだもん生き返らせちゃ、だめだろ。命の摂理として」
「いや、そんなことはない」
安心させようとでも思ったのか、閻魔がうっすらと微笑みをつくった。おれは理由なく微笑む者を軽蔑している。
「わたしは人の生死とその予後に関するほぼすべてのことを決定できる。もちろん、きみの生き死にもふくめ」
涼しげなその目元を、美しいとは思えなかった。『人間らしさ』ってたぶん、目が二つあるとか、微笑みが柔らかいとか、そういうことじゃなくて、もっと魂の部分のことなんだろうな。知らねえけど。
閻魔は左右に立つ少年それぞれから交互に巻物を受け取りながら、大仰な判子を一定の速度でぽんぽんと押していく。ほんとに見てるのかよ、と思うほどの滑らかさだった。背後には大きな鏡が置かれていて、とても眩しい。笏は持っていないようだし、髭も生えていないし、そもそも若い。
閻魔がどれほど胡散臭くたって、結構。構わない。そのはずなのに、どうでもいいことが気になる。選定されるのはおれのほうじゃないんだって、思い込みたいだけなのかもしれない。
「思案が途切れたようだね」
「ああ。続きをどうぞ」
やつは書類作業を続けながら、見下ろす角度でおれをちらりと見る。
「さあ、判決だ――きみは、生き返る」
願い下げだ。
おれがそう返す前に、閻魔が言葉を続ける。おれのほうの時間だけが止まって、隙間に音が入ってくるような感覚。
「これを教えたら、きみは感動するかな。それともあっけにとられるか、もしくは笑うかな? ――きみが生き返るのは、きみの人生に価値があるからだ。では、価値とは何か? 人間を二十六年やったなら、もちろん分かるよね」
「しらねえよ」
「愛だよ」
ちがうな、とおれは思った。
(続く)