「エンジン/ディスペンパック/フェルマーの最終定理」
パキッ、と勢いにまかせて折ったせいだ。
給食のコッペパンにつけるはずのジャムとマーガリンは、ひと筋のトルネードとなって、アオイの向かいに座るマキタのブラウスを強襲した。アオイが「悪い」と謝る前に、
「ディスペンパック」
と、マキタは言った。眉間にシワを寄せた、いつもの形相である。
「なにそれ、呪文? 火炎系? 氷結系? それとも補助効果? オレ、細菌浸食系はカンベンね」
ハッ、とマキタがため息を吐き捨てた。
「この容器の正式名称」
そう言って、マキタは自分の分のジャムとマーガリンのパックを指さした。
「バカやった分、ちょっとは利口になれば、ってこと。まあプラマイゼロ、ってか全然マイナスだけど」
おかんむり〜、とふざけるアオイを無視して、マキタはさっさとティッシュでブラウスを拭いた。肩から袖のあたりにとびちった赤と白のベトベトを、丁寧にすくってぬぐう。そしてそのティッシュをトレイのすみに置いた。
「オレ、それもらうわ。もったいないし」
マキタがまたあの顔でニラミをきかせるより早く、アオイはティッシュを捕獲し、そこに乗っかったジャムを自分のコッペパンにつけた。アオイが「うまいうまい」と笑うと、マキタはさもイヤそうに口もとを曲げた。
「キモ」
まあね〜、と応酬するアオイは、マキタのことが好きである。
服を汚してしまったのは決してわざとではなかったが、口数の少ないマキタと言葉を交わすことができて、アオイの恋のエンジンは俄然はりきっている。