「伝えたい言葉」くまっこ
丘の上から続く道には、長い人の列が伸びていた。
進みの遅すぎるそれを呆然と眺め、少年は肩を落とす。大層な評判と聞いてはいたけれど、こんなに人が集まっているとは。
オレンジ色の屋根の教会。土曜の昼下がりに開かれる告解室は、誰もが求める答えを導いてくれるという。
けれども、救いを求め焦る少年には、この風景が絶望的に思えた。教会に向かう姿を誰にも見られたくなくて、遅い時間を選んだのが間違いだったか。
少年は人目を避けるため、木陰に身を寄せていた。こんなことでは、少年に扉が開かれることはないだろう。それでも、少年はその場から立ち去ることができなかった。教会にいざなわれる人をぼんやりと見送るうちに日は暮れ、最後の一人がその場を去ったときにはもう、辺りは闇に満ちていて、少年はランプを持っていなかったことを後悔した。
「もう、家に帰らないと」
遠くに見えるガス灯を頼りに、来た道を戻るしかない。重い腰をあげたそのとき、視界の端に、黒い影が動くのが見えた。人、ではない。それは獣の尻尾のように見えて、少年は身震いをした。
「どうしよう……」
ここは田舎ではあるけれど、人を襲う獣が出るほどの場所ではない。大丈夫、と自分に言い聞かせ踏み出した後ろで、「ギギギギィー」と大きな音が鳴り、少年は飛び上がった。体の外にも漏れ聞こえそうな心臓の音を手で抑えて振り向くと、閉められたはずの扉が開かれていた。
「ずいぶんとお待たせしてしまったようで、申し訳ありません」
「あの、僕……」
「今日はあなたで終わりですから、ゆっくり話してくださって構いませんよ」
何から話せばいいのかと言葉を詰まらせた少年に、声の主は優しく言う。若々しい青年の声だった。そういえばこの教会は、見習いの牧師が話を聴いてくれるのだったかと、街の噂話を思い出す。歳が近いのかもしれないと思うと、少年の緊張は少しだけ和らいだ。
「僕、兄のようになりたいんです。兄は僕と違って頭が良くて、頼りになって、都会の学校に行って……お医者になる人でした」
「お兄さんを尊敬しているのですね」
「……はい。でも僕、勉強は苦手で」
俯いて声を落とす少年の様子は、ただ自分の将来を憂いているだけのようには見えない。衝立の向こうにも、それは伝わっているようだった。
「どうしてお兄さんみたいになりたいのですか?」
「母を、喜ばせたくて」