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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • ケーキを切れるごみくずども

    大滝のぐれ
    600円
    純文学

  • はは、見てる。あんなに無視してたのに遠ざけてたのに、こいつら、私のこと見てる。

    地底人とぬれせんべいが広がる世界と人々の領域 (ゾーンディフェンス)、『あなた』と『私』の 奇妙な食事と再生産の話(ホーム・スイート・ホ ーム)、小学生時代を共に過ごした存在を求め、 夢と現を漂う話(たつみ)など、それぞれの作家 が 『ボーダー/ライン』 をテーマに書き出した珠 玉の小説・詩・散文を八篇収録。
    『暴力』『時刻』 『夢/現実』『無神経』など、いたるところに張り巡らされた境界を横断する作品たちがここに。

    収録小説「ホーム・スイート・ホーム」「たつみ」「ゾーンディフェンス」冒頭試し読み→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12927858

試し読み

  ホーム・スイート・ホーム    大滝のぐれ

 あなたは白くて清潔な、セラミック製の浴槽の中で仰向けに横たわっている。そこまで広いわけではないのであなたは足をカエルのように折りたたまなければならず、接点になってしまっている腰の辺りが先ほどから浴槽の硬さのためにずきずきと痛んでいた。しかし、手を添えてそこをいたわったり原因を取り除くために立ちあがったりすることはできない。
 なぜなら今、あなたの手足は四色のなわとびによって縛られ、きつく拘束されているからだ。あなたが身を預ける浴槽から少し上にある壁には同じく色分けされた金属製のフックがあり、なわとびはそこに接続されている。手足のうちどこかを動かそうとすれば、締めつけるような痛みと共にそれが阻害されてしまう状態にあった。
 もちろん、そんなあなたの頭の中は混乱と恐怖で満ち満ちていた。名前や性別、国籍や住所といったものから、自分が今までなにをしていたのかどんな人間だったのかというものまで、いっさいの記憶がすっぽりと頭から抜け落ちていた。おまけに、自分がどんな服装や髪型をしているのかさえわからない。

ゾーンディフェンス 大滝のぐれ

 布団にくるまれ寝転がっている自分が、どこにいるかまったくわからない。体温で暖められた毛布やボアシーツ、寝巻替わりのジャージだけが私の領域を規定していたが、その周りや自分の思考は霧がかかったかのように曖昧だった。入ってくる情報が、なにひとつ像を結ばない。唸りながら足先を布団の外に出す。乾いたナイフの刃のような冷たさがそこに生じ、そのおかげで、私は昨晩歯を磨き携帯の目覚ましをかけていつも通り眠りについたことを思い出す。そこからは視界や思考を覆う霧も徐々に晴れ、見慣れたマンションの一室が布団を中心に構成されていった。
「あ、待って。待って待って待って」
 今、何時だ。途端に全身へ嫌な寒気が駆け抜けていく。今しがたまで考えていたどこにいるかわからないとか領域だとかいう感覚が、べりべりと剥がれ落ちていくのがわかった。この世の終わりのような心持ちで起き上がり、傍らのローテーブルに置かれた携帯を手に取る。机上に置かれたカップラーメンや紙パックのカフェオレのごみ、『志望動機』『自己PR』『退職理由』などと項目分けされた文章が書かれたノートなどに視線を落としながら、電源ボタンを押す。一〇時二三分。終わった、とつぶやきそうになった瞬間、その下に表示された三月十八日という日付に一気にいろいろなものが弛緩した。