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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 竜の伝説

    木村凌和
    800円
    エンタメ
    ★推薦文を読む

  • 高校二年生の暮葉は行方不明の兄を探している。だが、暮葉は兄を狙う危険な連中に追われていた。
    危機を救ってくれた二つ年上のクラスメイト・翼が言うには、暮葉の兄は翼たち一族の仇敵なのだという。いっぽう、二人の知らないところで暮葉の兄・皐月と翼の義姉・颯は一夜を共に過ごしていた。
    暮葉は、皐月が研究していた異能力者《竜使い》に追われる中で翼と惹かれ合い、自らの出自を認めて未知の道へ踏み出していく。

    「cigar」、「竜を喰らわば皿まで」、「輝く瞳に夜の色」で構成されている群像劇シリーズの始まりを描く。シリーズ入門はもちろん、この一冊だけでじゅうぶんお楽しみいただけます。

試し読み

 誰かを追いかけている。
 胸がすうすうする。会いたい。戻りたい。でもあなたは誰だっけ? しろくぼやけた視界にひとつが人影があるのに、どんどん先に行かれてしまう。待って。待って。手を思いっきり伸ばして、届いた。私の手よりもひとまわり小さい手のひら。しっとりしてあたたかい。人影が振り返る。びっくりした顔は、
「あ、秋穂(あきほ)?」
 細い黒髪のツインテール。小さな顔の切れ長の眼がまんまるに、小さな口はすぼめられている。
 どう、真後ろをトラックが通り過ぎていった。パッパー、どこかのクラクション、人の話し声が聞こえる。
「暮(くれ)葉(は)、やっと起きた?」
「え、私、立ったまま寝てた?」
「立ったまま寝てた」
 親友の来(くる)海(み)秋穂は呆れた目で私を見る。東(ひがし)野(の)暮葉を。
 朝は強いほうなのに、納得いかない。まだ夢の中にいるみたいだ。秋穂に手を引かれて校門をくぐっても全く実感が湧かなかった。
「慣れない徹夜なんかするから。お兄さんが帰ってこなかったんでしょ」
「あ! そう! そうだった! そうなの!」
 びびっと、一気に全部が繋がった。そんな感じ。足の裏が地面についていて、立っている。お兄ちゃんが帰ってきてない。そうだった、それであんな夢を見て、こんなにふらふらしていたんだ。
「はいはい。今朝だけで五十回は聞いた。どうせふらっと帰ってくるって」
 そうだった、秋穂が全然相手にしてくれないんだった。そうじゃなくて! 聞いて欲しくてあれこれ言い方を変えてみるけど秋穂にそっぽを向かれてしまう。

やわらかさとハードさを兼ね備えた贅沢なエンタメ作品

普通の高校生……だったはずの主人公が、兄の失踪をきっかけに「竜」を巡る壮大で危険な事件へと踏み込んでいく物語。
設定は奥深く、展開はどっしりとハードなのですが、個性的なキャラクターたちが交わす、人間的なやりとりも本作の大きな魅力です。木村凌和さんの書かれる台詞は、言葉がキャラクターのお腹から出ている感じがするというか、生命感があるというか、こだわりを感じますし上手いなあと思います。
ファンタジー、SF、青春もの……様々な要素を貪欲に盛り込み、力強くまとめあげた贅沢な一冊。
おすすめです!

らし

伝説は、ジャンルを縦横無尽に往来する

「竜」を巡る人々の行く末を追う群像劇であり、ハードボイルドな現代ファンタジー。
私の言葉で『竜の伝説』を端的に紹介するなら、こうです。

けれども実際に読んだ印象は、おそらくもう少し複雑なものになるだろうと思います。
『竜の伝説』には、読者に状況をすっかり把握させてくれるような親切な――ある意味ご都合主義的な、説明パートはほぼ存在しないからです。

作品によっては状況が分かりやすく整理された状態で読み進められたほうがよいこともあるでしょうが、本作については、この書き方がよくマッチしていると思います。
読者が抱えたままの「分からなさ」が、作品に緊張感と臨場感を与えていて、突然兄を巡る追跡劇に巻き込まれた暮葉の不安や戸惑いにも重なるからです。
この、読者からすると一見突き離されたような感じが、木村さんの文体から感じるクールさの所以かもしれません。

もちろん作中では少しずつ状況が開示されていくので、最後まで「分からない」ままの作品ではありません。
読み進めるにつれ、『竜の伝説』はハードボイルドであり、ファンタジーであり、SFであり、また家族の物語でもあることが分かります。
このジャンルレスな多面性は、本作の大きな魅力のひとつです。

そして前述した通り、『竜の伝説』は群像劇でもあります。
兄の失踪をきっかけに己の出自と向き合うことになる暮葉と、優しい心を持ちながらも瑠璃家の呪縛から逃れられないでいる翼を中心に、多くの登場人物が複雑に絡み合っていきます。

物語が進むにつれて、登場人物たちも違った顔を見せ始めます。驚くべき皐月の正体、残忍で哀しい《竜使い》の少女たち、親友の秋穂も。そして暮葉自身もまた……。

彼らに共通するのは、みな自分の生まれに強く縛られていることだと思います。
従容と哀しい運命を受け入れる者もいる中で、手を取り合って強大な敵と対峙する暮葉と翼の姿が強く印象に残ります。

ふたりの闘いは、巨悪との闘いであると同時に、自らの生まれと血の因縁との闘いでもあります。
果たして、ふたりは因縁に打ち克てるのでしょうか?
その結末を、ぜひお確かめください。

泡野瑤子

それでも日常は続いていく。

 木村さんの描く物語の主人公は、強い。
 得てして能力として優秀であるというわけではないにも関わらず、誰よりも強い。

 ことの始まりは、主人公、東野暮葉の兄がいなくなったこと。
 そこから、彼女の日常はどんどん変容していく。
 学校は平穏無事。
 学友も変わりない……ように見える。
 けれども、兄は見つからない。
 世界はなにひとつ変わらないけれど、彼女は兄を探していくうちに、世界の裏側をのぞいてしまうのだ。
 ……その裏側には、竜がいる。

 富と権力の象徴であり、特別な血筋の証であり、暴力そのもの……太古の昔から、さまざまに表象されてきた竜。

 主人公が学友、瑠璃翼の協力で駆け抜けてゆく日常とその裏側。
 彼女がよく知っていると思っていた人々すべてが別の顔を持ち、彼女自身の人生もまた、自分が「こうだ」と信じていたものとはかけ離れてゆく。
 竜に憑かれた人々、竜に囚われた人々、あるいは竜そのもの……彼らは彼女を脅かし、惑わせる。
 けれども彼女は迷わない。
 剥ぎ取られていく現実、巻き起こる混乱を、ただ駆け抜ける。

 そしておそらくは、彼女のそんな姿に突き動かされて、竜にがんじがらめになっていた人々の幾人かは、ささやかに反乱する。

 読後が爽やかな青春小説。(作中で起こる陰惨な出来事や出血量に関わらず)
 そして、主人公の強さの源が、彼女を取り巻く人々への信頼の強さなのだと信じられる、家族の物語。

 いろんな作品とつながっていますが、本作はこれだけでも充分読めます。
 そう……東野暮葉と瑠璃翼にまつわる事件は解決するのですが、本作では多くを語られなかった出来事があるのです。
 たとえば五十嵐颯の娘のこと。
 あるいはナディアという名を持つ『竜』のこと。
 すでに彼らへと続く物語は用意されていて、本作を読み、次の物語へと進むその選択は……読者の手に委ねられています。
 本作は、作者の描く【竜を巡る物語】の最初の一冊としてもお勧めの本です。

宮田秩早