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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
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  • 私はあなたの愛を信じない

    湖上比恋乃
    800円
    大衆小説

  • 死体の沈む湖のそばにたつ教会を舞台に、屋敷から追い出された青年と彼を世話することになったメイドのモニカ、森に住むあやしい青年のルカが、亡霊を愛したり死んだりする話。

試し読み

 朝靄のかかる湖の中央に、一艘の小舟と死体が浮かんでいる。女の足首からのびるロープは大きな石に繋がれており、それは二人の男が乗る舟に残されていた。石を下ろすだけで、彼女はすぐにでも沈んでしまうことだろう。裸体の縁は波打ち、長い髪は蛇のように蠢いている。
「彼女の名前、なんでしたっけ」
 オールに手を添える男が向かいに座る男に尋ねる。湖面からゆっくり視線をあげると
「――忘れたな」
 眉間にしわの寄った顔があった。
 男の好きな顔だ。普段は動かない表情が動くとき。それがどれだけ特別なものであるかを、誰も彼もに伝えて回りたい気持ちと、自分だけのものにしておきたい気持ちとがいつもせめぎあう。
「ルカ」
 そうして彼は次に、自分の名前を呼ぶのだ。
「はい。仰せのままに」
 小舟を極力揺らさないように気を配りながら動き、持ちあげた石を湖に落とした。鳥のさえずりもない静かな朝に水音が響きわたる。濡れた顔を拭いながら、ルカは彼女の遅れて沈んでいく両腕が救いを求めるようだと思っていた。
 縁を握っていた男の骨の浮き出た右手が湖面に触れる。
「彼女のこと、好きでしたか?」
 広がる波紋、沈みゆく女の着地点。その下、湖底に転がるは
「どの?彼女?だ?」
 いくつもの頭蓋骨。
 この湖には、十よりは多く、二十よりは少ないくらいの死体が沈んでいる。
 ロゼッタ、ソフィア、ジーナ、静かにオールを漕ぐルカは沈む彼女らの名を心中で唱える。彼が忘れたというそれを、ルカはすべて記憶している。リリアーナ、クラリッサ、クレオ、ダフネ――。そして今しがた置いてきたリンダまで唱え終えたとき、ちょうど小舟が桟橋に到達した。
 ロープを括りつけて固定する。先に舟から降りて「どうぞ」と手を差し伸べたとき、彼の足下にある一本の髪の毛が目に入った。ルカは直感的にリンダのものだろうと思った。立ちあがった彼に、リンダは容易く踏みつけられる。それに気づきもしない骨ばった指がルカの左腕に食い込んだ。
 用はすんだとばかりにさっさと歩き去る後ろ姿を見つめながら、先ほどまで掴まれていたそこに自然と指が這っていた。
「朝食は片づけておきます」
 かけた言葉に応えがないのはいつものことだった。