表題作「バナナ農園」試し読み
家中の引き出しという引き出しを開け、ぼくはタオルやハンカチ、マフラーといった長くて平たい布を必死でかき集めていた。おでこが焦りのために浮かんだ汗でじっとりと湿っていくのがわかる。でも色とりどりの布たちを抱えているため、それを拭うことはできない。塩辛いしずくが口や目に入り、たまらず目をつぶる。今さっき起こったことが、こんな感じで見えなくなればいいのに。そう思わずにはいられなかった。
「あったか」
「うん、これだけあれば」
ガラス戸を開けてリビングに戻ると、お兄ちゃんが不安に満ちあふれた目をこちらに向けながら振り返り、ぼくの抱えるタオルを何枚か引っこ抜いた。普段なら「ありがとうぐらいないのかよ」「生意気な」となって喧嘩になるところだったが、今はお互いにそれどころではなかった。
「おれたち、家を追い出されるかな」
お兄ちゃんの弱々しい声が床に落ちる。ぼくはそれを否定することができないまま、彼がうなだれながら見ている場所に目を向ける。チョコレート色をしたフローリングの上に、ネックの部分が無残に折れたベースが転がっていた。お父さんが大学生のころ、交通事故で死んでしまった友達の形見に譲り受けたものだ。張られた弦の下、暗い赤色をしたボディに、金属でできたいかつい円状の部品が四つはまっている。前に名前を教えてもらったことがあったけど思い出せない。
「なあ、どうしようこれから」
「元はといえばお兄ちゃんのせいでしょ!」
ぼくが四年生、お兄ちゃんが六年生として同じ小学校に通学しているぼくたちは、お互いに友達がひとりもいない。登校は班登校なので問題なかったが、下校のときはそれは解消されてしまうのでひとりになってしまう。そのためほぼ毎日、ぼくたちはピロティの隅のほうで待ち合わせて一緒に下校していた。怖い人がたくさんいるので、友達と一緒に帰りましょう。そんなおそろしい呪いを先生たちが口にするせいで、家に帰るときはいつもみじめな気分になる。見たこともない変な人より、クラスのやつらに後ろ指をさされることのほうが、よっぽど怖い。
それは今日とて例外ではなく、ぼくたちは二人並んで住宅街の細道をとぼとぼ歩いていた。お兄ちゃんは腕をがしがしと動かしながら道端で捕まえたバッタをいじめ、ぼくはいつものねばねばとした嫌な気持ちを胸の中で転がしていた。