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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • バナナ農園

    大滝のぐれ
    500円
    純文学
    ★推薦文を読む

  • ひょんなことから、父親の大切なベースを壊してしまった兄弟。(兄はロボット)。罪から逃れるため、彼らは家出を決行。「バナナ 農園」と呼ばれる場所を目指すのだが…… 『バナナ農園』他、うんこの真理とチョコミントの香りに翻弄されていく大学生を描く『チョコミントとうんこ』、雪に埋もれたゲ ロをきっかけに、ひそかな殺人を決意した女の話『雪上のぬくみ、あるいは彼女の死』の三編を収録した、変な人がなんやかんやして 頑張る、切実だけどユーモラス、真剣だけどどこかへんてこな小説集。

    LKカラーという紙を表紙に使っているので、めくると裏表紙にバナナをイメージした黄色が見えます。

試し読み

表題作「バナナ農園」試し読み

 家中の引き出しという引き出しを開け、ぼくはタオルやハンカチ、マフラーといった長くて平たい布を必死でかき集めていた。おでこが焦りのために浮かんだ汗でじっとりと湿っていくのがわかる。でも色とりどりの布たちを抱えているため、それを拭うことはできない。塩辛いしずくが口や目に入り、たまらず目をつぶる。今さっき起こったことが、こんな感じで見えなくなればいいのに。そう思わずにはいられなかった。
「あったか」
「うん、これだけあれば」
 ガラス戸を開けてリビングに戻ると、お兄ちゃんが不安に満ちあふれた目をこちらに向けながら振り返り、ぼくの抱えるタオルを何枚か引っこ抜いた。普段なら「ありがとうぐらいないのかよ」「生意気な」となって喧嘩になるところだったが、今はお互いにそれどころではなかった。
「おれたち、家を追い出されるかな」
 お兄ちゃんの弱々しい声が床に落ちる。ぼくはそれを否定することができないまま、彼がうなだれながら見ている場所に目を向ける。チョコレート色をしたフローリングの上に、ネックの部分が無残に折れたベースが転がっていた。お父さんが大学生のころ、交通事故で死んでしまった友達の形見に譲り受けたものだ。張られた弦の下、暗い赤色をしたボディに、金属でできたいかつい円状の部品が四つはまっている。前に名前を教えてもらったことがあったけど思い出せない。
「なあ、どうしようこれから」
「元はといえばお兄ちゃんのせいでしょ!」

 ぼくが四年生、お兄ちゃんが六年生として同じ小学校に通学しているぼくたちは、お互いに友達がひとりもいない。登校は班登校なので問題なかったが、下校のときはそれは解消されてしまうのでひとりになってしまう。そのためほぼ毎日、ぼくたちはピロティの隅のほうで待ち合わせて一緒に下校していた。怖い人がたくさんいるので、友達と一緒に帰りましょう。そんなおそろしい呪いを先生たちが口にするせいで、家に帰るときはいつもみじめな気分になる。見たこともない変な人より、クラスのやつらに後ろ指をさされることのほうが、よっぽど怖い。
 それは今日とて例外ではなく、ぼくたちは二人並んで住宅街の細道をとぼとぼ歩いていた。お兄ちゃんは腕をがしがしと動かしながら道端で捕まえたバッタをいじめ、ぼくはいつものねばねばとした嫌な気持ちを胸の中で転がしていた。

誰彼かまわず推薦したい

「誰彼かまわず推薦できないかもしれない!」
『バナナ農園』の表紙を再度開いたときの正直な気持ちです。
推薦文なのに、いきなりごめんなさい。

だって、一作目から「チョコミントとうんこ」。うんこですようんこ。お食事中の方すみません。ていうか、お食事中ならこんな文章を読んでないで食事に集中したほうがいいのでは。
こちらはタイトルの軽やかさに反して、かなり猟奇的です。描写がすごく見事だから、臨場感が半端ない!
「誰彼かまわず推薦できないかも」と思ったのは、その筆力の凄さゆえです。

でも、このたび再読するまで、私は不思議なほど「ギョエッ」の印象を忘れていました。たぶん続く二作の印象によるものなのでしょう。
二作目「雪上のぬくみ、あるいは彼女の死」は、不穏な題名ですし今度は吐瀉物が登場しますが、ゲロ吐いてるのに後味はさっぱりとして、希望に満ちています。

そして表題作でもある三作目『バナナ農園』。
兄弟ふたりの危うくも微笑ましいドキドキの冒険譚を読み進めていくうちに、突然がらりと変わる風景が鮮烈。
詳しくは読んでのお楽しみですが、きっと自分の期待や想像と違ったときの驚きや戸惑いを実感することになるはず。

三作を振り返ってみれば、登場人物たちは大なり小なりみな誰かに期待をして、そして裏切られています。
けれども100%期待通りの人間なんて、本当にいるでしょうか。
人間なんて、いくら人前で取り繕っていようとも、「どんなゲロマズな部分が隠れてるかわかったもんじゃねえ」(「チョコミントとうんこ」)もの。
あるいは単に「血と肉」(同)でしかないのかもしれません。
それでもこの本を読み終わった後には、そんなに悪いものでもないような気がするのです。きっと「バナナ農園」が、前の二作で描かれた生々しいおぞましさやきたならしさもひっくるめて、半ば諦め、半ば肯定してくれるからなのではないでしょうか。

最後まで読み直して、やっぱり誰彼かまわず推薦したくなったので、この文を書きました。
『バナナ農園』、面白いですよ!

泡野瑤子