ずっと留めてはおけぬ。
いずれ秘密は知れよう。
そう思っていた。そう思っていた、はずだった。
誰もいない家の中を見渡して、若彦(わかひこ)は戸の前で呆然と立ち尽くす。
ひとの温もりが失せて、しんと冷えた家の中。ひとが生活している様子が消えた気配を瞬時に、そして敏感に感じ取って、若彦は引戸を開けたそのままの姿勢で固まっていた。
昼時に戻ってきて少し早めの昼飯を家族と食べ、また野良仕事に戻った。だからそれまでは確かに家に人がいた。
そして日が暮れるまでの間に、家が無人になった。
土間から続く板張りのひと間があるだけの、どこにでもある簡素な家だ。もちろん人が隠れられる場所はない。妻は隠れて若彦を驚かせ、楽しむような女でもない。息子もまだ小さく、言葉をようやく覚え始めたといった年頃だから、この子も然りである。
物盗りなどの類でもないことは確実だ。家はきちんと片づいていて荒らされた様子もないし、そもそもこの家には盗るものなど何もない。最初から物盗りでないことは解っている。
妻は、子を連れて出ていったのだ。
冷えきった濃密な宵闇が背後から押し寄せてくる。
明かりのついていない家には、もう誰もいない。
ようやく若彦の心にその実感が伴って、胸が矢を射かけられたように苦しくなった。
若彦はたっぷり時間をかけ、ようやく動き始めた。胸を突く痛みのせいで、のろのろとした緩慢な動作で足を踏み出す。目指す場所は――確認する場所はひとつでいい。
屋根の修理用に使うかけ梯子を柱に立てかけ、上った。天井の板を外して暗闇と埃が立ち込める屋根裏を見渡す。
目が少しずつ慣れて、一際濃い黒い塊が細長い箱の輪郭を結んだ。屋根裏に隠し置いた桐の箱だ。若彦は這ってそれに近づいた。
箱は蓋が開けられたままになって中の空洞を晒していた。妻がこの箱を見つけ、中のものを取り出しこの家を出ていったことは確実だろう。
背中に己の罪が這い上がってくるのを感じる。
妻から大切なものを奪ったばかりか、若彦は彼女にそれを隠し続け、騙してきた。
箱に入れていたのは、天女から盗んだ羽衣である。
妻は人ではなく――、天女だった。