扉に取りつけられたドアベルが、カランと音を立てて開きました。
ヴィオラが「いらっしゃいませ」と声をかけて顔を向けます。入ってきたのは、若い女性のお客さんです。長旅をしてきたことが一目で知れるほど、くたびれた革のトランクとブーツを身につけていました。暗い色の服も色褪せ、裾がほつれかけています。
鋏を入れていない長い銀の髪は雪のよう。真っ直ぐ人を見据える視線には、厳しさと気高さが備わって、大空を飛ぶ鷹のように凛々しいものでした。
「この喫茶店は、あなたの?」
ヴィオラは一目でその女性の正体に思い至りました。
「はい。もしかして、あなたは……」
ヴィオラが言い終わる前に、女性はほっとしたように笑みを作り頷きます。
「あなたと同じ、魔女よ」
「やっぱり! 他の魔女に会ったのは、本当に久しぶりだわ」
初めて会ったはずなのに、まるで旧友に再会したような喜びと充足感がヴィオラの胸を満たしました。
「ヒイラギの魔女ヘルミーネよ。初めまして」
「私はスミレの魔女ヴィオラ。会えて本当に嬉しいわ」
ヘルミーネは不可解そうに眉を寄せました。
「でも、どうしてこんなところで喫茶店なんて開いているの? 何か、無理やり奉仕をさせられているとか、脅されているとか?」
「いいえ、そんなことはないけれど。どうして?」
ヴィオラには、彼女の言うことが最初理解できませんでした。訪れる人がみんな優しいことは、既にヴィオラの中で当たり前のことになっていたのです。
ヘルミーネはじれったそうに言いました。
「忘れてしまったの? 私たちがされてきたことを。人にどんな目に遭わされてきたのか。それなのに、どうしてそんなふうに人と関われるの?」
ヴィオラは魔女として人から受けた仕打ちを思い出し、心が冷たく震えました。
けれどヴィオラは首を振ります。
「いいえ。魔女への迫害も、人を信じられない世の中も、もう終わりよ。私たちが永遠に人を許せないままでは、魔女の居場所はこの世界にはないわ」
旧友のような眼差しをヴィオラに向けていたヘルミーネは、火がついたように怒りを視線に込めてヴィオラを睨みました。