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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 魔女たちに薔薇の花を 上

    葛野鹿乃子
    600円
    大衆小説

  • 病弱な少年を想う魔女は、素直になれず彼が描く絵を見つめる。
    家出した孤独な少女は、似た悲しみを持った教会の管理人に恋をする。
    女性との関わりを避ける青年は、助けを求めてきた不思議な少女を匿う羽目になる。
    「知らない」ことを恐れる女学生は、魔女伝承を追う講師の研究を手伝おうとする。
    記憶を失くした少女は、幼馴染の青年と九年ぶりに再会し恋をするが、何故か赤い薔薇が怖くなる……。

    傷つき、明日に希望を持てない人々が夜道を歩くような物語。童話をモチーフにした5篇のプロローグ短編集です。


    ▼グリム童話・昔話、魔女狩り、恋愛要素(微量)などお好きな方に。
    ▼巻末にはモチーフにした童話のあらすじも紹介。

    短編集 / A5判 / 142P
    ※おまけ外伝小冊子つき

試し読み

 キャンバスいっぱいに広がる青い色が、濃淡をつけて重ねられていく。絵筆が伸びやかに、そして時には繊細に動く様子を、弦月小夜子(つるつきさよこ)は傍らで見つめていた。
 キャンバスの前に座る青年は、左手にパレットを持ち、右手でひたすら絵筆を動かしている。
 青年――槻崎一伽(きさきいちか)は、少年のような顔立ちを真っ直ぐキャンバスに向けている。顎や鼻筋がほっそりしていて体格も小柄だから、一伽は二十歳になっても幼く見える。
 キャラメル色の巻毛と、淡い色の瞳。肌も色白だから、全体的に色素が薄い。儚さとも取れる彼の雰囲気は、小夜子の目には弱々しい印象として映る。
「人魚たちは、陸には上がれない。海の中だけで暮らすって、やっぱり狭く感じるのかな」
 キャンバスと向き合ったまま一伽は呟いた。その言葉は独り言のようにも、小夜子に語りかけているようでもあった。一伽が向き合うキャンバスには深い青が広がっている。オレンジや黄色の魚が泳ぎ、ピンク色の珊瑚や白い貝に彩られている。
 やっぱり海の絵だ。
 一伽は昔から海の絵が好きだった。
 海に行ったことも潜ったこともないだろうけれど、彼はいつも海の絵を描いていた。描いているモチーフは子供の頃から同じなのに、まったく同じ絵は一枚もない。
 小夜子と一伽は幼馴染だ。
 家が隣で、小学校に入る前からいつも一緒に遊んでいた。
「いつも似たような海の絵ばっかり描いて、飽きないの?」
 多分、以前にも何度かしているだろう質問を、小夜子は一伽に投げかけた。一伽は筆を動かしながら即答する。
「飽きないよ。海の絵を描いていると落ち着くから」
 この答えだって、何度聞いただろう。
 一伽は昔から変わらない。
 日々人生を楽しんでいるように見える。彼がつまらないと思うことは、きっと退屈だけだろう。
 絵を描いたり楽器を弾いたり、歌ったり、詩を書いたり、本を読んだり、彼は好きなことをいくつも持っている。
 多趣味とは違う。一伽には、今を楽しく生きようとしている節がある。享楽主義的なのかもしれない。それは彼の持つ性質の大部分のような気がする。
 その性質には、おおよそ切羽詰まった理由がある。
 小夜子は一伽の痩せた背から目を逸らした。