「猫にコンドーム」冒頭
何もかもにアイスピックをぶっ刺して殺してやりたかった。緑色にゆがんだ川面をにらみ、堤防の脇の道を下る。ヘドロを流すような工場もないのに、そんな感じの臭いがするのはなぜだろう。つんとした、アンモニアっぽいあの感じ。まあでも、アンモニアって中学の化学の授業でしか知らない。刺激臭だって。こんなんじゃ、叫びがいがない。
市役所なんてさ、退屈だよね。
とか言いやがった警察官をあたしは死ぬまで許さないだろう。501で喉元を撃ち抜かれてしまえばいい。同じ公務員のくせに、税金泥棒とか罵られながらどれだけしんどい思いをして生きているか気づけないなんて、こんな男をちょっといいかもなあ、とか思ってたことすら嫌悪するくらい、本当にいい加減にしろと思った。自分は違うとでも思っているのか。前線兵士ごときで傲慢も甚だしい。たしかハイヒールでぶん殴って帰ってきたような。よく覚えていない。覚えている義理もない。
干上がりかけの何かがごっぷり溜まった護岸を、ぺたぺたとスニーカーで歩いていく。市長はどのつくスケベセクハラオヤジで、今朝の挨拶でも「職員の服装が」しか言ってなかった。服の中身までなめ回すように見てるの、みんな知ってるぞ。とっととスキャンダルで捕まればいい。どうせあるだろ、そういうの。
それほどまでに悪態をつきたくてあたしはぶっとんでいた。はさみを振り回すザリガニの気持ちもわかるような気がした。いらいらする自分に酔っぱらっているみたいな。ストロングゼロと同じくらい、怒りはひとをだめにする。
視線をおろすと、ひなたぼっこしている猫を見つけた。畜生、昼寝してやがる。
税金泥棒も本職を究めると、ろくに文書も書けず、頭も悪くて価値観も古い脳に支配され、もはや生きているのが奇跡みたいな人間になる。一時間ほど前、真性税金泥棒、もとい自称三十三歳オトナ女子は、明らかにあたしをいびる目的でヒスり始めた。間に入った課長は喧嘩両成敗だとか言って、あたしだけ早退させた。じゃあ両方ぶっ殺せばいいじゃん。児童相談所じゃねえんだぞこっちは。なあ、お前もそう思うだろ。
語りかけるが猫はぐっすりと寝ていて起きない。堤防のコンクリートを触ったらめちゃくちゃ熱くて手が焼けるかと思った。よく寝られるな。もしかして死んでたりして。知らんけど。あたしは心配になっておなかを触ってみた。ほどよくぬくぬくしてあったかい。