「誰に習った訳でもないのに、私には水と氷の術が使える。私は自分で自分の身を守れる。自分が弱ければもっと酷い目に遭うかもしれない、でも自分自身の意思が強ければきっとこの村から出る事が出来るはず」
それは過去の沙耶には無かった新鮮な心の輝きであった。そして改めて湖を見返してみた。洞窟の内側には外界に至るまで、彼女を縛り付けるために隙間無く幾重にも符が貼られていた。今までつぶさに符を見る事は無かったが、それは八年の間に綻びを見せており、容易く取り払えるように思えた。沙耶は槍から手を離して両手の掌を洞窟の壁面にかざすと、呟いた。
「氷槍の鞘が命ず、符よ、直ちに失せよ」
すると先程とは違う強い冷気が渦巻き、びっしりと貼られた洞窟の符を一枚一枚剥ぎ取っていった。符が効力を失い全て地面に落ちたのを確認すると、沙耶は両手を組み合わせて複雑な印を結んだ。
「水面よ、凍てつき我が道を成せ」
今度は湖の水面が一本の細い道のように凍り付き、島の洞窟と村の湖岸を結んだ。これで沙耶と村、ひいては外界とを隔てるものは無くなった。沙耶は状況を確認すると自分に語りかけた。
「これから私は新しい人生を踏み出す。失われた八年間を取り戻す。村人が止めようとするなら、術を使ってでも押して通る。私の意思をもはや誰にも邪魔させない。あの水鳥のように新しい世界に羽ばたいて行く!」