「捕まえろ! ミス・ゲシュタルトだ!」
大きな商人の家の周りを何人もの警邏隊が取り囲み、更にその周りに街の人々が集まっている。
彼らの視線は、商人の家の屋根の上に向けられている。そこにいるのは、 大きな袋を持った一人の少女だ。彼女は顔の上半分を猫の仮面で覆い隠し、 ペチコートの代わりに膝丈のキュロットと鳥籠のようなクリノリンを穿いた上に膝丈のローブ・ア・ ラ・フランセーズを纏っている。
彼女が袋の中から紙の束を取り出し、屋根の上からそれを撒いた。
「警邏隊の皆さんごきげんよう。
これは私、ミス・ゲシュタルトからのプレゼントですから受け取ってくださいまし!」
ひらひらと地面に落ちた紙を見て、家の主である商人は顔を青くする。次第に、 警邏隊の視線もその商人の方へと集まっていった。
商人がミス・ゲシュタルトを指さして叫く。
「こんな事よりも、今はあいつをなんとかしろ!
盗みに入られた私が被害者なんだ!」
撒かれた紙は、この商人が今までに詐欺を繰り返して財を蓄えてきた記録が綴られている物だった。
「あっはっはっはっは!
それではみなさん、ごきげんよう」
笑い声を上げて、ミス・ゲシュタルトは家々の屋根の上を跳ねて姿を消す。後に残ったのは警邏隊に囲まれた商人と、 街の人々の歓声だった。
人の目が届かない貧民街へと逃げ込んだミス・ゲシュタルトは立ち並ぶ建物の影で仮面を外す。すると、 身に纏っていたドレスは霞となって消え、仮面も猫を模ったブレスレットへと変わった。
代わりに現れたのは、質素な服を着た、 杏色の髪のひとりの少年だ。少年はミス・ゲシュタルトが持っていた大きな袋を担いで、 貧民街の中を歩いて行く。そして辿り着いたのは、一件の孤児院だった。
細い脇道に入り、孤児院の裏口へと回る。
「ただいまー」
そう言って少年が裏口から入ると、そこには待ち構えていたように栗色の髪の青年が椅子に腰掛けていた。
「おかえりゴーチェ。首尾はどうだい?」
青年がそう訊ねると、ゴーチェと呼ばれた杏色の髪の少年がにっこりと笑って袋の中から大きな額縁や、 宝石や金貨を取り出す。