「使わなきゃ。便利に愉快に生きるための死霊術じゃないか」
死霊の言葉には笑みが浮いている。自分だって死霊のくせに、死者の尊厳を重んじることには考えが至らないらしい。自分が使役されるとは露ほども思っていないのだろう、絶対強者の傲慢に罵詈雑言が百ほども浮かぶが、相手にしてはいけないと、理性のオブラートに包んで飲み下した。
「何が望みなの。ここからの解放? 自由に動くための入れ物?」
「そりゃあそうだけど。でも、叶いっこない。ちょっとだけ、先っちょだけだからってお願いしたら、きみ、囓らせてくれる? そんなわけないだろ」
「そんなわけないね」
死霊は嘘をつかない。つけないのかつかないのかは定かではないが、死霊の言葉は常に真実だ。だからこそ司法の証拠としても通用する。
目前の死霊の集合体がどうして明瞭な意識を、自我を持つようになったのか、こんなに高度な会話が可能であるのか、わからないことは山ほどある。そもそも、代々の死霊術師たちが調伏しようと試みなかったはずがない。死霊術師の菜園に死霊が憑くなんて、冗談にもならないではないか。それでもなお存在している、それが答えだった。
何らかの器に憑依すれば移動も可能になるのかもしれないが、そこいらの死霊がヒトや動物に憑くのとは事情が異なる。肉体の方がこの悪意、毒の強さに耐えかねて損壊するのは目に見えていた。
そして霧は壊した肉体の分だけ強さを増す。そんな見境のない粉砕機に指を突っ込むほど愚かではない。この死霊は単なる霧ではない、極めてたちの悪い、致死性の毒霧なのだ。
「信じられないかもしれないけど」
と黒い霧は言った。
ミスティックを理解しようとしない人間もいるにはいて、発声器官がないのに霊体が喋るなんて馬鹿げているとか、トリックだとか様々に言い立てているが、ミスティックが人間の常識に縛られるはずがない。そもそも自分たちの理解の外にあるものを総称してミスティックと呼ばわっているのに、ナンセンスすぎる。
「ぼくはきみの敵じゃないよ、ユディテ。危害を加えるつもりはない」