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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 短編集 Jubilee!

    凪野基
    500円
    エンタメ

  • ジャンルミックス短編集。
    アンソロジー参加作、イベント配布ペーパーからの再録がメイン、現代ものからSF、ファンタジー、あれこれ少しずつ味わえるギフトボックスのような本です。
    各話約3000〜8000字の読み切りなので「灰青」の最初の一冊としてもお勧め。緋田すだちさんによる装画もじっくりご覧ください。

試し読み

 山裾に雲の影がくろぐろと泳ぐ。揺らめきの中、凛と佇む滑走路が天地を繋いでいた。ダニカ市。空の街として名を馳せる。
 滑走路の南側にへばりつく工房街、中でも老舗のスヴェンソン工社の第二子にして長女ララは、多忙な両親の代わりに、休憩中の技師や飛行機乗りに構われて長じた。ペンよりも刺繍針よりも鍋釜よりも工具を愛し、計器を愛し、木材や鋼線を愛し、何よりも空を、飛行機を愛した。
 街を訪れる飛行機乗りは多い。給油に修理、新造機の買い付け。滑走路と格納庫の周辺には工房だけでなくホテルや食堂、酒場、芝居小屋などが密集している。
 ララを小娘と嘲笑し、遠ざける者は少なくなかったが、お手並み拝見とばかりに薄ら笑いを浮かべていた飛行機乗りが、整備が終わるや襟を正して非礼を詫び、次も頼むと頭を下げるのを誉れに思った。
 性急に食事や酒に誘われることもあれど、当のララは人間よりも飛行機への興味が強かったから、口説き文句を受け流すのに未練も苦痛もなかった。家業を継ぐのは兄だし、嫁にとお声がかかるでもない。飛行機と添い遂げられれば本望、それで何のお咎めもない、気楽な身の上だ。
 恋の真似事の一つ二つは経験したけれども、目眩く愛を囁いた飛行機乗りが街を再訪するのは稀だった。移籍、除籍、死亡、行方不明。空も戦争も容赦がない。
 かたくななララの楔となったのは、逸脱寸前のセッティングを要求した男だった。徽章は赤の隼、偵察隊である。こんな暴れ馬めいた機と調整で任務に障らないのか、不思議でならない。たまらず、仲間と談笑中の男に声をかけた。
「失礼ですが」
「何かな、お嬢さん」
 見下されるのには慣れている。高いところにある金髪はずいぶん色褪せて、若白髪だろうか、白の斑が入っていた。眼の色も薄く、紅茶のようだ。
 整備のことで、と背後を指差すと、彼は不満を見せるでもなく機の傍らに戻った。確認のために注文を復唱してみせる。
「ああ、間違いじゃない。威力偵察なんだ。慣れたやり方で飛びたくてね」
 男は声を潜めた。煙草が香る。
 威力偵察、すなわち攻撃を前提とした偵察。近いうちに大規模な侵攻が予定されている証左だった。正義の在り処もわからぬ戦争は延々と続く。

(『雲の海には』より)