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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 手品師と人魚

    南風野さきは
    500円
    大衆小説
    ★推薦文を読む

  • いつともしれないそのとき、どこともしれないその土地。
    祝祭にわきあがる海辺の街で、手品師のようなものは人魚と出会った。
    嘘をついてもよい日に翻弄される書店員、パンケーキのぷつぷつにおびえることへの対処法、など14のおはなしをあつめました。
    西洋幻想文学っぽい掌編・短編集です。

    【目次】
    「手品師と煙」「手品師と四つ葉」「無題」「人魚の籠」
    「栖のはなし」「かたどる」「嘘と箱」「風結びのはなし」
    「手品師と人魚」「手品師と亡霊」「ひとり歩きと道連れ」「蜂蜜とメープル」
    「閑話」「夜を粧う」

    新書判/76頁(表紙含)

試し読み

「閑話」

 その日、鉄道は遅延となった。駅にて運行予定をしらせる電光掲示板を見上げていると、隣で同様にしているひとがいた。そのひとも同じ境遇であるらしい。待ち時間の暇つぶしにと、そのひとはこんなはなしをしてくれた。
「砂漠のなかに塔がありました。かつての砦にそびえたつ、砂漠を凝らせたような岩でできている塔でした。最上階まで続いているという螺旋階段を、夜とは異質な濃い影のなか、のぼることにしたのです。すると、ついてくるもののけはいがありました。塔をのぼればのぼるほど、そのけはいは密となり、かたちが定かになっていくようでした。前に出ることはなかったので、わたしの影を追っていたのでしょう。どこまで追いかけてくることができるのでしょう。わたしは手すりを乗り越えて、階段という渦の中心たる空洞を落ちていきました。すると、わたしを追うようにして落ちてくるものがあります。塔に満ちる影にとろけて、どのようなかたちをしているのかはわかりません。おそらくは獣のようなものであったのでしょう。愚直であるのか健気であるのか、獣のようなものはわたしの影を追って飛び降りてきたのです。痛い目に遇わせては申し訳なかったので、腕を伸ばし、それを抱き締めました。熟れた桃の果実を指の腹で撫でたような触り心地でした。落下点に近づくにつれて腕のなかにいるものは透きとおっていき、床に降り立ったときには完全なる透明だけがそこにありました。感触だけはあるのに、無いものを抱えているような格好になっていたのです」
 そこで運行再開のしらせが響き渡った。そのひとは星空のような目を細めると、はなしの終幕を告げるように微笑んで、一粒のチョコレートをその口にほうりこんだ。

旅人たちのあえかな足跡

《彼ら》はいつだって旅をしている。

 目的はきっとある。
 けれども、その目的は人には計り知れない。もしかすると、《彼ら》でさえ、
その旅の目的に気づいていないのかもしれない。あるいは永い旅の間に、忘れてしまっているのかも。
 その旅の途上で、《私》と《彼ら》の道のりがときには重なることもあるだろう。助言を受け、あるいは彼らの起こす不思議を目の当たりにすることも。
 《私》の行いが《彼ら》の慰めになることだって在るかもしれない。

 分かっていることはただひとつ。
 《彼ら》はつねに「ある」。

 たとえいま、目には見えなくても、夜と昼のあわいに、水と大気の境に、太古の扉が開くその刻限に、月の光に瞬いたその瞬間に、不意に立ち現れる旅人たち。

 どこにもいなくて、でも確かにいる、そんな彼らの足跡を印す、秘密の日記帳のような短編集です。

宮田秩早