「閑話」
その日、鉄道は遅延となった。駅にて運行予定をしらせる電光掲示板を見上げていると、隣で同様にしているひとがいた。そのひとも同じ境遇であるらしい。待ち時間の暇つぶしにと、そのひとはこんなはなしをしてくれた。
「砂漠のなかに塔がありました。かつての砦にそびえたつ、砂漠を凝らせたような岩でできている塔でした。最上階まで続いているという螺旋階段を、夜とは異質な濃い影のなか、のぼることにしたのです。すると、ついてくるもののけはいがありました。塔をのぼればのぼるほど、そのけはいは密となり、かたちが定かになっていくようでした。前に出ることはなかったので、わたしの影を追っていたのでしょう。どこまで追いかけてくることができるのでしょう。わたしは手すりを乗り越えて、階段という渦の中心たる空洞を落ちていきました。すると、わたしを追うようにして落ちてくるものがあります。塔に満ちる影にとろけて、どのようなかたちをしているのかはわかりません。おそらくは獣のようなものであったのでしょう。愚直であるのか健気であるのか、獣のようなものはわたしの影を追って飛び降りてきたのです。痛い目に遇わせては申し訳なかったので、腕を伸ばし、それを抱き締めました。熟れた桃の果実を指の腹で撫でたような触り心地でした。落下点に近づくにつれて腕のなかにいるものは透きとおっていき、床に降り立ったときには完全なる透明だけがそこにありました。感触だけはあるのに、無いものを抱えているような格好になっていたのです」
そこで運行再開のしらせが響き渡った。そのひとは星空のような目を細めると、はなしの終幕を告げるように微笑んで、一粒のチョコレートをその口にほうりこんだ。