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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 人魚のかたり

    南風野さきは
    500円
    大衆小説
    ★推薦文を読む

  • いつともしれないそのとき、どこともしれないその土地。
    僕がこいをしたそのひとは、出会ってからずっと少女のかたちを続けていた。
    夏山にあらわれた氷上の庭、水底で待ち続ける黒色のさかな。水鏡にとざされる金色のさかな。しろいこどもと出会う夏休み。
    これは、かきあつめられた、ひとさかなのかけら。
    断片蒐集和風幻想短編集。

    【目次】
    「跋 ばつ」
    「鏃 やじり」
    「黒鱗 くろうろこ」
    「碧淵 みどりふち」
    「扇骨 おうぎほね」
    「日傘 ひがさ」
    「沈め石 しずめいし」
    「梯 きざはし」

    新書判/82頁(表紙含)

試し読み

「鏃 やじり」本文抜粋

 鮮やかな彩りのなかに、くすんだ点があった。咲き乱れる花に埋もれるようにして、灰色の日傘をさす彼女がいた。白魚のような指が活き葉のついた小枝をつまんでいる。彼女は膝を折り、小枝を氷面に突き刺した。小枝は幹へと変じながら背を伸ばしていく。方々に分かれていく枝に艶やかな濃緑が芽吹き、蕾がつき、花が開く。そこに咲いた鮮紅は、彼女と出会った海辺に灯っていたそれと同じ花だ。
 こんなことがあるはずはない。あるはずはないのだけれど、あることにすることができれば、そこには彼女がいる。
 僕は身を乗り出していた。極彩に湧いた灰色へと手を伸ばせば、彼女をとらえられるかもしれなかった。

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水に還ろう。

きれいな文章だなあ。
文章が文章であればそれでよかった。
あえていえば「耽美」という言葉が当てはまるのかもしれないけれど、「耽美」をよく理解していないためほかの言葉を探してみて、「水」というものが似合うのかな、と思った。
この作品の文章は「水」だ。

たとえばこの作品を形容するとき、「耽美」のほかにも「幻想」「少女」「救い」というものが思い浮かぶように思う。「耽美」を「水」と言い当てたように、ほかの言葉にも別の座標を写像するならば、「幻想」は「あぶく」、「少女」は「さかな」、「救い」は「息継ぎ」ともいえるように思う。
この作品は「息継ぎ」をさせてくれる。

「さかな」のような人々に、この作品を読んでほしい。ふっと息苦しくなったとき、還るべき水中を、文章のなかに求めるように。

にゃんしー

不在の叔父を探す旅に出かけよう

 ひとと、さかなの相剋を追う物語であり、かつ、不在の叔父をめぐる物語でもある。
 人里離れた場所に住む叔父の家の鍵と、叔父の記した「記録」を手がかりに、読者は「不在の叔父」の足跡を体験する。
 それは、ひとと、さかなと、はざまに溶けるものの物語 
 すべてが繋がりそうで、どこか繋がり得ないその記録の中には、読者である「私」と叔父が過ごしたある夏の記憶も記されている。
 過去、現在、ひと、さかな、金鱗、黒鱗、梯たりえんと挿される枝、日傘、鏃、交換され越境するひととさかな……「叔父/作者」によって織り上げられた記録の描く文様は、ときに鏡の如き水面のように、ときに逆巻く濁流のようになりながら、「私/読者」を、叔父の秘めてきたあるひとつの「物語の終わり」へと押し流す。
 さかなとはいかなる存在なのか、梯を拠に降りてくるものとは、叔父と共有したあの夏の記憶の叔父にとっての意味は……記録されぬ余白に惑いつつ、「読者/わたし」は、いつしか物語世界の「私=わたし」となって、あの夏の記憶をたよりに不在の叔父の気配を探し始める。
 それは「叔父と私(=わたし)をめぐるつぎの物語のはじまり」を予感させるものであり、作者の描く「ひとさかなのかたり」に、傍観者であったはずの、この本を手に取った読者であるわたしが、惑わされた証である。

 繊細で、朴訥で、美しくさみしい作者の「語り/騙り」に手を引かれ、みなそこの真闇と夏の日差しの生みだすまばゆさのなかに、しばし遊ぶ……そんな気分を味わえる作品。ただし、その世界から抜け出せるかは……保証の限りではありませんが。

宮田秩早