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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 人魚のはなし

    南風野さきは
    400円
    大衆小説

  • いつともしれないそのとき、どこともしれないその土地。
    うつくしい人魚と船乗りが、しあわせに暮らしておりました。
    泡と消えない人魚、妖精に愛された詩人、約束に喰らわれた学者。
    灰色の街を舞台とした、すべてがつながる4つの物語。
    西洋幻想文学っぽい短編集。

    【目次(収録短編)】
    「人魚のはなし」
    「詩人のはなし」
    「学者のはなし」
    「書店のはなし」

    新書判/62頁(表紙含)

試し読み

「詩人のはなし」本文抜粋

 その街の印象は灰色だった。
 透きとおっているわけでもなく、霞んでいるわけでもない。曇っているわけでもなく、ぼやけているわけでもない。透明度はひどく高く、彩度だけがひどく低い。そんな灰色が、晴れていても曇っていても、その街を覆っていた。
 私がその街を訪れたのは、春のはじまる、薄ぼんやりとした日のことだ。その街で仕事を見つけたから、その街に住んだ方が何かと都合がいいだろうと思った。それだけのことだ。だから、私は手頃な物件を求めて不動産屋の扉を叩き、こちらの条件を並べ、独身男性の住居に適した部屋の候補を挙げてもらい、では内覧を、という流れで、とある物件に赴くこととなった。
 車の助手席から、私は流れてゆく街並みを見る。ハンドルを握る不動産屋は、中年で、小太りな、青灰の目を持つ男だった。
 この街に住んでしばらく経った今だから言えることだが、不動産屋の目に凝っていた色は、街を包みこむ彩りそのものだった。街にとって、海は近しい位置にあったが、波音が聞こえるほどではなかった。時折、湿った風が潮の香を運んでくるが、街にとって、海とはその程度のものだった。それでも、天候に関係なく、街を覆う色彩が薄ぼんやりとしているのは、多分に海の影響ではあった。大気の中を歩いているにもかかわらず、水の底を泳いでいるように錯覚させるだけの潤いを、海は街にもたらしていた。