運ばれてきたグラスが曇っていた時から、この店はハズレだと思ったが、やっぱりだった。瓶ビールは冷えがいま一つだし、つきだし代わりの枝豆は、明らかな冷凍品だ。
自分一人で店に入ったのなら、用を思い出したとか適当な言い訳をつけ、千円札を置いて席を立っただろう。だが中途採用されてまだ三月の身では、同僚をおいてそんな真似もできない。
「おおい、岡野。なにぼんやりしてるんだよ」
向かいに座っていた滝口が、俺の目の前からビール瓶をかっさらう。あわてて、「あ、俺、やるから」と言うのを制して、こちらのグラスになみなみとビールをついだ。
「いいって、いいって。俺、飲むより飲ませる方が好きなんだからさ」
そう言って、自分のグラスにも乱暴にビールをついだ滝口は、俺と同い年。とはいえ転職を果たしたばかりの俺にとってはれっきとした先輩だが、初めて顔を合わせたその日から、奴は俺が敬語を使うのを嫌がり、以来、同僚とも先輩後輩ともつかぬ不思議な関係が成立している。
「ほら、デパートってのはどうしても女の方が元気だろ。俺、うちの部署に男が来て、本当に嬉しかったんだよ」
滝口の言うこともわからぬではない。ランドセルや文房具の類を扱う我らが部署は、顧客の八割までが女性だ。当然、企画に関しても女性の意見が採用されやすく、俺や滝口のような男性はなんとなく居心地が悪い。
「本当は俺、物産展みたいな大きいものを扱いたかったんだ。それなのに今の部署にもう六年だもんな。嫌になるぜ」
一気にビールをあおった滝口が、再び手酌でグラスを満たす。どう見ても、飲ませる方が好きとは思えない。
「それにしても、岡野。お前もうちに来て三月だろう。そろそろこの仕事の裏も表も見えちまった頃じゃないのか」
またか。こみ上げる溜め息を噛み下し、「そんなことないさ」と俺は答えた。
東京の商社からの転職というのが、よほど珍しかったのだろう。入社当時は正規・非正規問わぬ色々なスタッフから随分珍奇な目で見られ続け、それがようやく落ち着いたと思ったら、今度はまったく関係のない部署の上司から「そろそろ嫌になってきた頃じゃないの」と、卑屈とも嫌がらせてもつかぬ言葉をかけられることが増えた。
俺とて、別に好きで転職をしたわけではない。しかしそれと決めて引っ越しまでしてしまった以上、もはや後に引くことはできないのだ。正直、放っておいてほしい。
――雄介は、ほら、何でも完璧に見えるから。