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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 閑窓vol.4 学窓の君へ

    オカワダアキナ 熾野優 貝塚円花 篠田恵 瀬戸千歳 丸屋トンボ 山本貫太 由々平秕
    700円
    純文学
    ★推薦文を読む

  • 坂の上に建つ架空の学校、枝浜南高等学校・付属中学校を舞台にしたアンソロジーです。校庭に迷い込んだ犬、映画の撮影、留年生、人生が2周目の少年、子どもの喧嘩を憂う母親、密かに語られる逸話……悩んだり一歩踏み出したりする全10編。校舎の見取り図イラストも収録しています。

試し読み

 ある朝起きたらおれはここにいた。前世のことはあんまり思い出せないが、おれは二周目の人生を送っているとわかった。 誰かが教えてくれたわけじゃない。ただわかった。自分がそうだと気づいていないやつ、気づかないままのやつもいるだろう。でもおれは理解した。
 遠泳の行事はタイムや距離を競うものではなく、隊列を作り、それを維持しながら二千メートルとか三千メートルとか泳ぐもので、みんなで泳ぎきることが目的だった。延々波をかいて足のつかない沖を目指した。
「僕はほとんど泳げなかったから辛い時間だったよ」
 麦先生は頭を掻いた。二周目のおれは中学受験のために個別指導の塾に通っていた。麦先生は中高一貫の男子校出身だったと言った。
「うちの学校が創立したときから遠泳合宿はあって、いまでも全員ふんどしでやんなきゃいけない。白いさらしの布が配られて、締め方を教えてもらってね。OBが指導に来るんだ。みんな優しいし親切だったけど、はっきりいってこわかったな。こっちは中学生なんだもの。先輩って名のつく人はみんなこわい。毎年全員が泳ぎきっていますって言われてプレッシャーもすごかった。これまで全員できたことがおれにはできなかったらどうしよう、初の脱落者になっちゃったらどうしようって思った。僕が足をつかずに泳げるのはせいぜい十何メートルで、どう考えても無理だと思った」
 麦先生は懐かしそうに目を細めた。いやもともと細い目だ。太った体はまんべんなく肉をまとい、膨らんだ頬に目玉が埋もれて見えた。めっちゃ水に浮きそうだけどなと思ったが言わないでおいた。おれは二周目なので分別があった。先生は続けた。
「いや脱落するだけならまだいいよ、恥ずかしいとか怒られるとかはあるだろうけどそういう辛さはいずれ過ぎていく。僕が本当におそれていたのは、自分が恥ずかしさに負けてもう無理ですって言えないこと、それで溺れ死んじゃうんじゃないかってことだった」
 太い指がペンを回した。模試の結果がよかったので、まあ焦らずやっていこうとその日は過去問をおさらいしていた。夕方早い時間のコマで教室にはおれと先生だけ、クリーム色のエアコンが不規則な息を吐いていた。あれはもうすぐ死ぬだろう。

……オカワダアキナ『游泳準備室』より

個別の「尖り」

「坂の上にある架空の学校」を舞台にしたアンソロジー。
何を書こう? とどきどきしていた。学校というテーマに緊張もしていた。でもそれはわたしが引越しや転校が多くあまりリラックスできない子ども時代を過ごしていたという話で、わたしの記憶の話だった。
だいたいの人が学校というものを経験しているけど、自分の記憶や経験以外のことはよくわからない。そうして人は自分の記憶や経験を信じるものだから、わからないことを想像するのは難しい。自分はわかっていないという自覚も難しい。あるいは学校とか青春とかの既存のイメージに乗っかって、予断で堂々論じてしまうこともある。
小説を読む。他人の書いた小説、他人の書いた文章。あなたとわたしはべつべつの人間で、同じものを見てもちがうものを見出す。読んでみないとわからない。自分で文字を追い、自分で咀嚼しなくてはわからない。あらすじをきいてわかったような気になっていると大事なことをとりこぼす。自分で読んではじめてわかることがあり、すごく当前のことだけど、他人の言葉の中にしばし意識を置くことでそうだなあと素朴に実感すること。学校という身近なテーマだからこそ、読みながらそういうことを考えていました。

参加にあたり、学校の見取り図をもらいました。公立の中高一貫校で、高等部には芸術科と体育科があり、高等部の校舎からは海が見える…などの情報を共有して書きました。それぞれの作品のにおいや手ざわりがしっかりしていて、競作の感があるなあと思います。
学校生活への屈託、割り切れなさや疑いみたいなものを描く作品のあちらこちらに感じるアンソロジーで、そういう個別の「尖り」になんだかほっとしている自分がいました。自分だけの疑いを誰もがもっている。書くべきことはたくさんあり、自分が想像できなかったことはたくさんあり、読むべきものがたくさんある。それはやはり希望だと思います。

オカワダアキナ