「さあ、遊んで下さいな」
彼女は右手に持った『霜華』を頭上に掲げ、片腕で軽やかにくるくる回した。それは細身の女が扱うには長すぎて荷が重いはずだが、彼女の見せる童のような笑みは全くそんな事を感じさせなかった。
綾子は爪先立ちになり、両腕を水平に掲げて袖を宙に振りあげた。そして身体を後ろに反らせ、着衣を内側から押し上げ美しい曲線を描く胸の丸みを強調した。彼女は『霜華』の回転に合わせながら、彼女を守護する雪の結晶とともに優雅に舞う。それはまるで噂話に聞く都の白拍子の如く華麗であった。
新院は、我が身に刃を向けられているのを忘れ、真夏の夕方の赤い陽光を受けて妖しく照らし出された彼女の舞に魅入った。その様は都で帝として君臨していた時に振る舞われた如何なる舞をも超える、見る者を魅了して離さない妖艶なものであった。
彼女を警戒しながら取り巻いていた男衆も、この世のものとは思えない天女の如き舞に見惚れて放心していた。そしてはっと我に返った時には既に彼らは、雪の結晶が混じった烈風によって人の身の丈の何倍もの高さに持ち上げられており、その後彼女の宣言通りに地面に激しく叩きつけられた。ある者は悲鳴にもならぬ呻き声を漏らし、別の者は既に気を失っていた。彼女は舞を終えると彼らを見下ろしながら言う。
「あら、もう終わりなのですか。残念です」
近安は太刀を抜いたまま呆然と立ち尽くしていた。小柄な女の薙刀捌きで配下の屈強な男衆が全員あっという間に倒されたのである。彼は完全に言葉を失っていた。彼女はそれに気付くと近安に振り返り、そして告げた。
「お武家様、今すぐにその太刀をお収めください。貴方の目の前におられる御方は、近づく事も頭を高くする事も畏れ多い、現人神にあらせられます」
近安は彼女を囲む雪の結晶を頬に浴び、その柔和な笑顔に似つかわしく無い厳しい圧を彼女から感じた。彼は辛うじて問いを一つだけ発する。
「お前は……、一体何者なのだ」
彼女はあどけなく微笑みながら、近安に軽く会釈した。
「申し遅れました。私の名は綾子。以後お見知り置きを」
その微笑から感じる綾子の気に完全に圧された近安は言葉に詰まり、返答が出来なかった。