おってギターの音が現われた。あたしにも分かるぐらい、ぜんぜん上手くなかった。はっきり言って、めちゃくちゃだった。怒ってるみたいなギターの音だった。あたしは分かった。セイコはきっと、この「歌舞伎町の女王」といううたが嫌いなんだって。セイコは指をたたき付けるみたいにギターをかき鳴らした。世界に怒ってるみたいな演奏だった。ふつうの女の子が怒ることの威力をあたしは知った。ふつうの女の子はこんなにすごい。それはあたしがセイコの歌を、演奏を、聴いたときの最初の感動だった。セイコはいつか日本にとどまらない世界中のふつうの女の子を救うことになるだろう。あたしはそう確信した。
セイコの曲はつづいた。どれも有名な曲ばかりで、セイコはそのどれも怒ったようなギタープレイでぶった切っていった。音楽にまつわるもっとも有名なキャッチコピー「No music, No Life」を裏切りつづけた。「音楽がなくたって生きていけるよ」と体現しつづけた。誰もが彼女のめちゃくちゃなギターとそれほど上手くもない歌にだけ耳を傾けた。音楽が消える特別な瞬間を待ち続けた。
果たして、その瞬間は唐突に訪れた。セイコは、ふう、と息をすることを思い出したかのような溜息を吐いて、演奏を止めた。あまりに突然だったので、拍手は起こらなかった。セイコの息が止まったあとのハコは、世界は、そうあるべきかのように静かだった。
「ひとつだけ、オリジナル曲を作ってきたので、それを今からやりますね」
セイコは歌のあいまにしゃべらなかったので、セイコのふつうの声をひさしぶりに聴いた。それはすごくひさしぶりな感覚だった。歌を終えたあとのセイコの声はやっぱりふつうで、セイコの歌がしゃべりを宿しているのとおなじように、セイコのしゃべりもまた歌を宿していた。この子はきっと歌を宿している、歌とセックスをして、歌の子を妊娠している、そう感じた。
「……聴いてください。新宿」