たたん、たたん、と、窓に何かのぶつかる音がする。たたん、たたん、たたん、それは一定のリズムを刻んで、いつまでもぶつかり続けている。
視線をそちらへ向けると、真っ暗な夜闇の中、青白く発光する蝶が何匹も群がって、窓硝子にその身体を叩きつけていた。
僕は忌々しさに眉を顰め、窓際にあるスイッチを入れる。
ばちんと音がしたかと思うと雷のような音がして、外を飛ぶ蝶が一斉に燃え上がる。窓枠には針金が貼り付けてあって、スイッチを押すと電流が通って火花が走り、それが蝶に燃え移る仕組みになっている。
蝶――プルキニエの蝶は猛毒を持っているので、ここらに建っている家には必ず設置してある装置だ。
一瞬で燃え尽きてはらはらと地面へ落ちていくのを見届けて、僕は部屋を出た。今夜は念のため、家中の窓枠に電気を通してから寝た方がいいだろう。
ここには、とても大切なものがあるのだから。
?
プルキニエの蝶はある日突然、現れた。
当初は人気の少ない森の中で見られたのみだったが、いつの間にか人里にも出てくるようになり、あっという間に脅威となった。
夜に活動し、薄暮の頃に青白く発光しながらどこからともなく飛んでくる。その様は奇跡のような美しさだけれど、鱗粉の毒性は凄まじい。ほんの0.一グラムを体内に入れるだけで神経をずたずたにされ、あっという間に死に至る。いまだにそのメカニズムは解明されていない。僕たちにはひたすら逃げ回る以外、身を守る方法がない。
彼らは寒さにも暑さにも耐性があるようで、季節を問わずに姿を現す。しかし僕が住むこの小さな町の外で見ることはまったくない、この土地固有の種だ。
家の鍵を探すように、恋人へ求婚するための指輪を探すように、忘れてしまった大事な約束を探すように、蝶は夜毎に彷徨い回る。そして焼かれて死に、それでも尚、どこからか現れて漂い続ける。
町の人は口々に「呪い」や「天罰」を口にし、怯えて外出を控えるようになった。呪いも天罰も、何百年も前に滅んだ「宗教」という概念の亡霊みたいなものだけど、恐怖を感じるとそういうものを引っ張り出してきたくなるものらしい。人間の悲しい性だ。
当然ながら町を出ていく人も増え居住禁止となり、ここにはもう僕の他には二、三家族くらいしか残っていない。町役場の人間がたびたび立ち退きを迫りに来るが、僕も、留まっている家族らも、ここに骨を埋めるつもりで暮らしている。