「春なのに工事中」より抜粋
公園の中には、緑色の塗料が剥げて中の板がむき出しになり、それも茶色に焦げながら水を吸って割れている今にも朽ちて折れそうなシーソーや、幼稚園児がようやく相撲をとれる程度の大きさの砂場、そして二つ仲良く並んで赤錆に覆われているブランコが無造作に置きっぱなしになっていて、奥にはトラロープでぐるぐる巻きにされた回転木馬が、「工事中」という張り紙に封印されていた。空き地があるから仕方なく公園を造ったという自治体の不器用な優しさと、その税金を僕みたいなどうしようもない若者に費やすつもりはないという毅然とした態度を体現するような、期せずして存在する現代芸術がこんなところに、いや、きっと日本の至る所にあるに違いない。行政は年金暮らしの老人の機嫌をとることに精一杯になっていて、僕のような生きる気もなければ働こうともしない、まして子供を作る予定すらなく、しかも生まれ落ちてからたかだか二十数年の人間の面倒なんて見ていられないのだろう。毎月あくせく税金を納めた結果がこれなのだから、テレビの向こうの政治家が不倫をしようが三億の賄賂を受け取ろうが勝手だと思われても仕方がないし、彼らだって票にならないことは仕事ではないので僕らに目を向けることもない。かくして日本は団塊の世代ばかりが儲かって、彼らと一蓮托生となって死んでいくのだ。どうしようもない虚無感に僕は思わず鞄に隠し持っていた煙草を探した。