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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 小説「ネイルエナメル」

    豆塚エリ
    1320円
    大衆小説
    ★推薦文を読む

  • ナツの指先はいつもきれいだ。 退屈な数学の授業に頬杖をついているときも、鏡の前で唇をつきだしてメンソレータムのリップクリームを塗っているときも、ナツの指先はネイルエナメルで輝いている――。
    高校二年に進学した純子は、斜め前の席のナツに恋をする。ナツには社会人の恋人、モリモトサンがいた。 17歳、セーラー服。 たったひとつが欲しくて、すべて壊してしまう。

    B6サイズ・84P 新装版

試し読み

……
 金曜日の放課後、ホームルームが終わって靴箱に急ぐナツを追いかけて、私はナツに話しかけた。
「ねえ、ナツの家泊まっていい?」
「私いないけど」
 ナツは振り返らない。たぶん、モリモトサンと約束があるのだろう。あの一件以来、ナツの口からモリモトサンの名前が出ることはなくなった。名前を言わないからって、金曜にナツがモリモトさんと会っていることくらい、わかっている。それをナツは知っているだろうか。
「出かけるの?」
「そう」
「じゃあナツが帰ってくるまで待ってる」
「たぶん朝まで帰んないよ」
「お母さんに泊まるって言ってきちゃった」
「好きにすれば」
 言葉はぶっきらぼうだったけど、私はその言葉にナツの優しさが滲むのを感じた。ナツもナツで、私をないがしろにできないのだと思った。ナツは奔放で自分勝手だけど、そういうところには、妙な優しさがあった。思いっきり邪険にして手酷く振ってくれれば、ナツを悪者にして諦められるのに、中途半端に優しくするから、私はナツから離れられない。
 ナツの右手をそっと掴むと、ナツも握り返してくれた。私たちは手をつないだまま黙ってナツの家に向かった。お互い一言も喋らなかった。ナツの息遣いだけにただ耳を澄ませていた。いつものようにナツの部屋に上がり込む。ナツは制服を脱いで着替え始めた。特に交わす言葉もなく、私はナツにベタベタくっついた。ナツが化粧をしている間、私はナツの膝を枕にして、顔を埋めていた。ナツは拒まなかった。ふと顔をあげる。珍しくナツはネイルをしていなかった。爪は傷んで白っぽく、艶がなかった。薬指の爪はひび割れていた。ナツは慣れた様子でネイルを塗る。丁寧に、慎重に。こうやって、ナツはナツになるのかもしれない。胸が締め付けられ、また涙がこぼれそうになった。
「もう行くから」
 ネイルが乾ききると、ナツは立ち上がる。
「何時に帰って来るの?」
「わかんないけど。……早めには戻るよ」
 じゃあね、とナツは行ってしまう。扉が閉まる音、カギをかける音、遠ざかるナツの足音を、息を殺して聞いていた。やがて静寂がナツの部屋に訪れた。本当に行ってしまった。泣けてきて、視界が涙で滲んだ。……

恋、憧れ、そんな言葉じゃない。甘いニガミ

愛する人の好きなところ、自分の言葉ならこんなに言える。

愛する人にわかってもらえない。それでもいい?

少し遠い話に感じるけどきっと
身に覚えがある。

私は純子でもありナツでもある。私は純子でもありナツでもあった。

亜貴