なんで声を掛けてしまったのだろう――やるだけやった後に言うのも酷い話だが、私はそう考えながら出来るだけ彼女の顔を見ないように、煙草の外装フィルムを剥ぎ取るところにフォーカスすることにした。可哀想だが、彼女ではなく行為に興味があったのだと思わせれば、要らぬ後腐れに悩まなくて済むと思ったのだ。
しかし視線を動かした瞬間、目に入った彼女の柔らかな笑顔は、そんな非情な企みをあっさりと反故にしてしまった。
笑う顔は美しかった。今までの表情や仕草から、この笑顔の出現は予測できない。先ほどと違う世界に来たのではないかと思うほどに、それは好ましく眩しい、光のような完璧さだった。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
息を呑む音が聞こえないように咄嗟に口に出した言葉があまりにも間抜けで場違いで、私は顔がカッと熱くなったように感じた。赤くなっていたりしたらどうしようか。
彼女はきょとんとした顔をした後、はにかんだような表情になって、耳まで顔を赤くした。
「あ、えと、キョウコです」
「キョウコちゃん、か。私はトオルと言います」
「あ。はい、えと、あ、そうだ、あの、名刺、あるのでお渡し…しま、す」
喋りながら、キョウコの顔が段々と俯いていく。しどろもどろになりながら、鞄の中から下品な色合いの紙切れを出し、私に差し出してきた。
「店からの支給品?」
「はい。そうです。普段は、道に出てるんですけど、ここ」
喋りながら裏返された面には時代遅れの丸文字で電話番号とメールアドレスが記載されている。
「この番号かアドレスに連絡いただければ、接客中でなければいつでも、大丈夫なので」
「予約が出来るってことね」
「はい」
俯いた顔は元の位置に戻らず、上目遣いでこちらを探るようにして私を見ている。
「どうしたの。なんでそんな顔を赤くしているの」
煙草に火を点けながら聞く。
漂白され、青白く光っているようなシーツの波間に横たわるキョウコの裸体は、蛍光灯に照らされた部屋の中では妙に黄ばんで見えた。その所為で、私の記憶にある女性の、美しいところだけで作った妄想のように思われてくる。
私はその時唐突ながらも強く、啓示か何かのようにして、キョウコにしようと思った。
長年の夢の成就を、この女になら託し、叶えられると、確信をしたのだ。