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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • ゆきのふるまち

    くまっこ
    450円
    エンタメ
    ★推薦文を読む

  •  舞台は年中雪の降りしきる町、雪町。庶民は町外に出ることのできない、完結された町。

     町をめぐるバスの終点「丘の上のお屋敷」でともに暮らす三人の女の子たちが、ときに悲しみに出会いながら、誰かの優しさに触れながら、自分に向き合ったり、誰かに頼ってみたり、何かを信じたり、何かに気付いたり。
     ひたむきに、前を向いて、日々を暮らしてゆく物語。

     パティシエを目指しながら、喫茶店で働く結衣。
     幼馴染みに寄せる想いに悩む、ショップ店員の蒼子。
     隣町が見渡せるお屋敷の持ち主、香苗。
    ――彼女たちの物語がそれぞれ、オムニバスで綴られている一冊です。

試し読み

「このバスの終点には、なにがあるのだろう」
 ぼんやりと思って、私はいつもの降車停を乗り過ごした。

 雪町には、町内をぐるりとバスが廻っている。
 常に雪に覆われたこの町の交通手段はその循環バスと徒歩だけなのだけれど、病院・学校・役場……主要な施設へのルートは確立されていて、特に不満は感じない。
 家から職場までバスで約二十分。私はこの町の中心にあるショッピングモールで働いている。いくつも展開されているバスの路線はすべてこの町唯一の大型商業施設をルートに入れていて、その恩恵に私も授かっている。
 ショッピングモールを出る、同じ路線バスの中に、希に(丘の上経由)と括弧書きされたバスに出会う。今日は仕事帰りにたまたま乗り合わせたのが、その「丘の上経由、操車場行き」だった。
 私は毎日、自分の家と職場との往復だけにバスを使っていて、帰りは自分の家の近くで下車するから、その先にはもちろん行ったことがない。だから、「終点には、なにがあるのだろう」と、バスに揺られながらぼんやりと考えていた。このまま乗っていれば、バスは私をどこか別の場所に運んでくれる。それは、今の私にとって、とても魅力的な誘いのように思えた。

 昨日は同居人と喧嘩をしてしまって……というか、わたしが一方的に腹を立ててしまって、だから今日はきっと彼は私の家に帰ってこないだろう。
 喧嘩のことは忘れて、彼が帰ってきてくれるかもしれない――という僅かばかりの希望では、きっと誰もいない暗い部屋で鬱々と、あの後悔と苛立ちと傷心が綯い交ぜになった心で朝までを過ごすのだろうという想像を払拭することができず、気付いたら私は、家の前の降車停を乗り過ごしていた。それどころか、もう、いくつかの停留所を過ぎてしまっている。
 と、そのとき車内アナウンスが鳴った。
「このバスは、丘の上経由、操車場行きです。丘の上を過ぎますと車庫に入ります。この先循環バスをご利用の方は、次の停留所でお乗り換えください」
「丘の上……」
 次の停留所で乗り換えなければ家に帰れない。乗り換えて、別のバスで町をもう一廻りしてから家に帰ろう。そうすれば、少しは時間が潰せるかな。
 ――そう頭では考えていたのに、体が動かなかった。
 バスは私一人を乗せたまま、循環路線を離れて坂道を登っている。

優しさの雪が降る

お話はもちろん、表紙イラストや装丁、すべてを含めて一つの物語であり本であり、余すところなく楽しめるようになっている作品で、とにかく大好きです。

辛いことや悲しいことがあっても、むしろあったからこそ、人は優しくなれることがある。誰かの幸せを願うことがある。自分がつかめなかったものを、誰かに託すことがある。自分が辛かったからこそ、誰かには、幸せになってもらいたいと願うことがあるのだと、そう感じた物語。

なな

生きることはままならなくて、愛おしい

愛くるしさにあふれた一冊だ。
角がまあるく落とされたやさしい風合い、深い藍色のタータンチェックにちりばめられた雪の結晶模様、あたたかな部屋で談笑を繰り広げる三人の愛くるしい女の子たち、湯気をたてるコーヒーカップ。
レースの縁飾りに彩られ、童話のように丁寧でおだやかな語り口で物語は始まる。
「まあなんてかわいらしい、きっとこの女の子たちのやさしく心温まる物語が繰り広げられているに違いない」
ひとめ目にした人がこの物語に抱くであろうそんな期待は、読み進めるうちによい意味で裏切られる。

一年中雪に閉ざされた町、雪町に住まう人たちは厳格なルールに縛られ、ほとんどの人たちが生まれ育った町を出ることがないまま一生を過ごす。
周回バスの終点、丘の上の大きなお屋敷には若くして屋敷の主人となった幻想小説作家の香苗と彼女のルームメイト――喫茶店で働きながらパティシエ修行に明け暮れる結衣、幼馴染との恋に躓いてしまったアパレルデザイナー見習いの蒼子――それぞれに事情を抱えた女の子たち三人が仲むつまじく暮らしている。
気丈な性格から弱みを見せられなかった蒼子に救いの手を差し伸べてくれた香苗、人々に笑顔を届けるためにひたむきに努力し続ける結衣の姿に胸打たれ、彼女のために仕立てたとっておきのドレスをプレゼントする蒼子、結衣のお土産のコーヒーを楽しみにしている香苗。
香苗が蒼子を、蒼子が結衣を――手を取り合って縁を結んでいった女の子たちの物語はやがて、お屋敷の主である香苗と彼女の恋人である鱒谷の出会い、そこに秘められた悲しくてやさしい物語へと帰結する。

生きることはままならず、いつだって痛みを伴う。だからこそ私たちは物語の世界を夢想し、その美しさに心を寄せることでこの世界で生きるための手がかりを得ていく。
あたたかなコーヒー一杯とと共に読み終えてしまうこのちいさな物語には、そんなわたしたちのやるせなさと痛み、それらをあたたかく包んでくれるほろ苦いコーヒーの温もりが満ちている。
おだやかに笑いあう三人の女の子たち、タータンチェック模様、木目細工の大きな観覧車、三枚のチケット、ワゴンバス――読み終えてもう一度、じっくりと表紙を眺め、ここに秘められた物語を噛みしめてほしくなる、いとおしさに満ちあふれた物語だ。

高梨來

凍てつく世界の中の、珈琲のあたたかさ

 架空のまちを舞台としたオムニバス形式の物語。
 世界は幾つものまちでできていて、人々はそのまちの決まりに従って不自由なく暮らしています。ほとんどの人が、生まれたまちで一生を過ごします。
 そんな世界にある「雪町」の丘の上には、広いお屋敷がありました。そこで暮らす三人の女の子たちの日常を描いたお話です。

 いつもしんしんと雪が降る「雪町」で暮らす少女たちは、日々を穏やかに過ごしながらも隣町である「木町」のメリーゴーランドに憧れていました。
 大切な友達を思いながら流れていく時間。何気ないやりとりに滲むじんわりとした温かさが、それぞれの視点で語られています。もの悲しくも大事に胸にしまいたくなるお話を、雪の静寂、珈琲の香りが印象的に包み込んでいるようです。
 切ない結末まで辿り着いた後は、装丁まで含めてじっくり味わいたくなる一冊です。

藍間真珠

彼女たちを抱きしめたい

あたたかな紺色のベルベットで仕立てられた、ワンピースみたいな装幀だ。角が丸く、掌にのる大きさ、頁に控えめに飾られたレース模様がそのまま、その上等なスカートの裾飾り。「ゆきのふるまち」にふさわしい、からだを包む綺麗なやさしいワンピース。そんな印象の文庫本。

 けれどもひとたび読み始めてみると、登場人物たちはそのお菓子のような世界だけにとどまっているわけではないと知る。そうだね、生きていくことはかなしいね。作者の文章はそのものがたりを、丁寧に丁寧に、綴ってゆく。ただただスイートでない世界でも、心が消えてしまうことは無い。仕立ての良いワンピースに包まれていた、透明な涙。それを包む著者の穏やかな筆致。

 そうだ、やさしさもやわらかさも、かなしみと共に描かれたとき、なおさら尊く、いとおしくなる。彼女たちを大切に抱きしめてあげたい。

泉由良