「このバスの終点には、なにがあるのだろう」
ぼんやりと思って、私はいつもの降車停を乗り過ごした。
雪町には、町内をぐるりとバスが廻っている。
常に雪に覆われたこの町の交通手段はその循環バスと徒歩だけなのだけれど、病院・学校・役場……主要な施設へのルートは確立されていて、特に不満は感じない。
家から職場までバスで約二十分。私はこの町の中心にあるショッピングモールで働いている。いくつも展開されているバスの路線はすべてこの町唯一の大型商業施設をルートに入れていて、その恩恵に私も授かっている。
ショッピングモールを出る、同じ路線バスの中に、希に(丘の上経由)と括弧書きされたバスに出会う。今日は仕事帰りにたまたま乗り合わせたのが、その「丘の上経由、操車場行き」だった。
私は毎日、自分の家と職場との往復だけにバスを使っていて、帰りは自分の家の近くで下車するから、その先にはもちろん行ったことがない。だから、「終点には、なにがあるのだろう」と、バスに揺られながらぼんやりと考えていた。このまま乗っていれば、バスは私をどこか別の場所に運んでくれる。それは、今の私にとって、とても魅力的な誘いのように思えた。
昨日は同居人と喧嘩をしてしまって……というか、わたしが一方的に腹を立ててしまって、だから今日はきっと彼は私の家に帰ってこないだろう。
喧嘩のことは忘れて、彼が帰ってきてくれるかもしれない――という僅かばかりの希望では、きっと誰もいない暗い部屋で鬱々と、あの後悔と苛立ちと傷心が綯い交ぜになった心で朝までを過ごすのだろうという想像を払拭することができず、気付いたら私は、家の前の降車停を乗り過ごしていた。それどころか、もう、いくつかの停留所を過ぎてしまっている。
と、そのとき車内アナウンスが鳴った。
「このバスは、丘の上経由、操車場行きです。丘の上を過ぎますと車庫に入ります。この先循環バスをご利用の方は、次の停留所でお乗り換えください」
「丘の上……」
次の停留所で乗り換えなければ家に帰れない。乗り換えて、別のバスで町をもう一廻りしてから家に帰ろう。そうすれば、少しは時間が潰せるかな。
――そう頭では考えていたのに、体が動かなかった。
バスは私一人を乗せたまま、循環路線を離れて坂道を登っている。