クソババアはチマチョゴリの襟元に右手を差し込んだ。かつて、お父さんを育てたときにそこからおっぱいを取り出したように、わたしを育ててくれる何かを取り出してくれるんだろうと注視した。
クソババアは黄ばんでぼろぼろになった紙のようなものを現した。四つ折りにされたそれを開くと、クソババアのおっぱいの匂いなのか、甘い匂いが漂った。身体のおくがむずがゆくなるような、どきどきする匂いだった。
紙には、縦書きの流れるような文字でなにか日本語が書いてあった。もちろん、わたしにはたったの一文字も読み取れなかった。クソババアが文字をゆっくりと指先で追いながら、言い聞かせるようにその文章を読み上げてくれたけれど、やっぱり何が書いてあるのか分からなかった。
「××××」
すべて読み終えたあと、クソババアは噛み含めるような重々しい口調で文章のタイトルであろう日本語を口にした。クソババアは何かを主張したいとき、必ず威圧的な強い口調を好んだので、こういうふうにわたしの理解をたのんだのは初めてで、こんらんした。
『日本で何か困ったことがあれば、この文章を読みなさい。日本にいるかぎり、この文章を読めば、必ず誰かが助けてくれる』
クソババアはわたしの目をまっすぐに見つめ、そう言った。白地のおおいクソババアの瞳は、思ったよりも血走っていて、黄褐色の斑点が見つけられて、隠しようもない老化を示していた。クソババアはずっと生きているように思っていたけれど、もしかすると、これがクソババアと話せる最期の機会なんじゃないか、そんな気がした。
『この××××ってなんなの?』
わたしはいろんなことを訊かないといけなかったのに、ようやく訊けたのはそれだけだった。
『××××は、私の愛していた日本人が渡してくれた、お守りなの』
クソババアはそう言い、その紙を再び四つ折りに戻し、わたしのジーンズのポケットにねじ込んだ。それ以外、クソババアは何も言わなかった。わたしも何も言わなかった。とてもあっさりとわたしたちはお別れをして、わたしは飛行機に乗り込んだ。