出店者名 東堂冴
タイトル Regulus / Sirius
著者 東堂冴
価格 200円
ジャンル 純文学
ツイートする
紹介文
『こぐま座アルファ星』のスピンオフ集です。

「Regulus」
潮が吹奏楽をやっていた頃のクラブの仲間である"ジュンちゃん"が、音楽をやめた潮について語る話。
「Sirius」
インターハイの会場での、雅哉と拓斗と光暉の話

 潮が舞台の上で楽器が吹けなくなって、曲の頭のソロで音を止めて、そのまま動けなくなったあの日、先生や俺たちになにを言われても俯いて無言で首を振るしかできなかったあの日、胸のうちにあった感情がいまでも半分も言葉にならない。なんでだよ、説明しろよと思った。俺らが何日も何週間も苦労してきたことを、いままであんなに簡単そうにやっていたくせに。どうして今日に限って、と。そのあとに、ちょっとだけざまあみろと思った。なにをやらせてもだれよりも上手くて、そのくせ舞台の上以外ではいつもへらへら笑っていたから、一度くらい痛い目を見ればいいのに、とすこしも思わなかったとは言えない。成功ばかりの人間に失敗を求めるような、そういうまっすぐでない感情もたしかにあった。あとは、悔しかった。結局なにを憤っても妬んでも恨んでも、俺はあのとき潮の代わりはできなかった。曲が止まったあの瞬間、ただ茫然としているしかできなかった。ほんとうは、潮を責める権利はなかった、のかも、しれない。他はよくわからない。なにもかもに戸惑っていた。なにもかもがわからなかった。いまでもずっとわからない。

**

 所属していた学校は小学校から高校まですべてが吹奏楽の強豪で、途中から本格的に音楽の道に進み、ゆくゆくは著名な音楽家になるような人物を何人も輩出するような場所だった。小学校のクラブでさえ、ただ楽器を演奏するだけに留まらず、楽典を基礎から叩き込むような指導が行われていて、学校の授業が終わったらほとんど毎日音楽室に缶詰で、おおよそクラブ活動の範囲には収まりようもないほど密度の高い練習を重ねていた。当然、遊びたい盛りの小学生が簡単についていけるような内容ではなかった。小学校四年生でクラブに入ったあと、座学の基礎が十分なレベルに達するまでは楽器を持たせてもらえなかったし、最初は何十人もいた同学年の仲間の中で、自分の楽器を割り当てられるところまで行けたのはその半分もいなかった。その中で舞台に立つことを許されるのはもっと少なかった。たとえ人数が足りなくなったとしたって、見合う実力のない人間が台に乗ることは決して許されなかった。そこに選ばれることには努力も年齢も関係なく、評価は冷徹だった。もう、あまりはっきりとした記憶もないくらいの頃から、そういう場所で楽器を吹いていた。