映画館白鳥座でレイトショウを観た。いちにちの終焉に相応しく。今日も長過ぎた。歩みが遅かった。項垂れて過ごしていた。黒く塗りすぎた、感情を掌る心臓の一部分を。ため息を一つ。スクリュードライバを作ろう。その為に、南部にあるオレンジの森へ出掛けて、三つほどもいできた。懐でごろごろとするオレンジよ。
レイトショウには様々な場面があった。街角でヴァイオリンを弾く娘。を、追い払う肉屋。から、挽き肉を買う女。に、コロッケをせがむ子ども。が、憧れているパイロット。の、眠っている地中海。に、沈むオレンジ。を、絞って作るスクリュードライバ。
映画館白鳥座はがら空きだった。映画は青黒いモノクロームで、映写機のちいさなカタカタと回る音がいつにも増して気に掛かった。やがてスクリーンには、彼女の感情が充ちてゆく。皿を荒いながらさめざめと泣く女。オレンジを絞りながら涙を流す女。グラスにウォッカとオレンジジュースを注ぎ、涙を拭って何喰わぬかおして客人に運んでゆくと、そのカクテルを飲んだ人々は皆涙を堪えられなくなってしまうのだった。涙で溢れるスクリーン。洪水に飲み込まれる客席。僅かにいた観客たちは溺れ、天鵞絨張りの椅子が泳ぎ出す。
彼女が手を伸ばしてひとさし指の先に引っ掛かった物、それはウォッカの壜だった。壜は浮かび上がり、彼女のような碇はものともせずに天井へ向かって浮上していった。彼女は水面からあたまを出して、(たすかった)と、思った。ほっとしながら、ウォッカの壜を持ち上げ、咽を鳴らして飲んだ。オレンジも流れてきた。グラスさえ流れてきた。
ウォッカバー白鳥座に覆い被さる夜空は、今日もあくびをして静かに酔い痴れる。
|