1.Enter Sandman
知らない道を歩いてる。雑踏のなか、聞こえる言葉は何ひとつ分かんなくて、こんらんした。きれいなんだ。瞬くひかりが網膜を通じてあたまのなかに多幸感をもたらす。これは記憶なのかな、未来なのかな。わたしは生きてくのかな、生きてるのかな。ただひとついえることは、わたしはいま、とても気持ちがいい。 足元にコンパクトディスクが落ちてる。12cmくらいの大きさの、わらうくらい完璧な円形。わたしはそれを拾うことなく、流されるように歩く。コンパクトディスクのぎらぎらに光る裏面が遠ざかる。ジャケットはうかがえず、何の曲なのか分かんなかった。 誰かの人生みたい。そう思った。わたしがそのコンパクトディスクを拾って、再生するとする。そのコンパクトディスクから、ふいにメタリカの「エンターサンドマン」が流れはじめる可能性は、どのくらい低いだろう? たくさんの人に踏みしめられた面はぼろぼろに傷ついてて再生できないかもしれない。何ひとつ曲のはいってないブランクディスクかもしれない。違法の素人エロ動画がzipでぎっしり詰まってるだけのデータディスクかもしれない。再生できたとしても、流れてくるのはメタリカの別の曲かもしれない。それか、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」なんかがうっかり流れ出すかもしれない。そもそも、わたしはそのコンパクトディスクを拾えなかったわけだから、メタリカの「エンターサンドマン」が聴ける可能性は、かぎりなく低い。 そのくらい低い確率で、わたしはこの世に生まれてきた。 初めて「エンターサンドマン」を聴いたのはいつだっただろう。わたしが好きな曲はRADWIMPSとかback numberとか邦ロックの売れ線で、洋楽には疎いし、メタルは全くといっていいほどしらない。だからきっと誰かがその曲を教えてくれたのだと思うけど、誰だっただろう?
(中略)
《はい、殺人の容疑者を現行犯逮捕です。場所ですか? 場所は新宿駅の――》 ようやく言葉が輪郭を取り戻し始めた。何をいってるのかは、あいかわらずわかんないけど。 エンターサンドマンを聴いたことがある気がする。それもずっと昔、物心がつくよりも前、生まれてくるよりも前に、聴いたことがある気がする。 わたしは、エンターサンドマンが好きだ。 あの冒頭の、やさしいアルペジオが大好きだ。
|