「こんにちは、郵便を届けにきました。これは書留と小包だから、ここに受け取りのサインを頂けますか?」 「いつもありがとう」 ペンを手にした指先は、滑るようななめらかさですらすらとサインを記す。すこし骨ばった指には、いつもブルーブラックとグレイのインクの跡がわずかに残る。 「こちらは手紙と郵便です。間違いがないか、いま一度だけ確かめて頂いてもかまいませんか?」 「ええ、」 しなやかな指先が重ねられた一通一通を丁寧に確かめていく。そのまなざしに、見過ごしてしまいそうなかすかな光が滲むひとときがあることを、僕を知っている。 そうっと息をのむようにして、僕は『その時』を静かに待ちわびる。決して、気づかれてはしまわないように。 ――ああほら、思ったとおりだ。 濃紺のボールペンで殴り書きのようにやや乱雑に記された手紙の文字を見つけたそのとたん、こわばったままに見えた表情はほんのわずかにゆるむ。 「――またずいぶん、遠くからだ」 うねうねとした見慣れない字体での何週間も前の消印と何重にも重ねて貼られた色鮮やかな切手たちは、待ちわびたその便りが海を越えた遙か遠い場所からこの町へとはるばると届けられたことを如実に伝える。 町の名物か何かなのだろう。高台から見晴らした風景の真ん中には、なめらかなドレープを描く白いローブに身を包んだ彫像の姿が望まれる。 お世辞にも趣味がよいとは言えない、いかにも土産物屋の隅で埃をかぶっていそうな絵はがきの裏に記されているのは、ひとことふたことの近況報告。―申し訳程度に走り書きで綴られた名前のほかには、宛先はいつも書かれていない。 「絵画の修復士の先生と仲良くなったそうだよ。いまは教会の壁画のおおがかりな修復作業を手伝っているんだって。公開がはじまれば町の新しい名物になるはずだから、その時は見においでって」 うれしそうに瞳を細めて教えてくれる言葉に、裏腹に心はざわめきをおぼえる。 プライバシーは詮索しない―いくらそう肝に銘じていても、ことはがきとなれば宛名を確認するために目にした時、いやがおうにでも文面は目に入ってしまう。それがほんの短い数行に閉じこめられたものならば、言わずもがなだ。 「……楽しみですね」 「あぁ、」 遠慮がちな会釈を、まぶたの裏へとそうっと焼き付ける。
|