出店者名 鳴原あきら
タイトル 美少年興信所3 所長の憂鬱
著者 鳴原あきら
価格 800円
ジャンル JUNE
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紹介文
子ども達が巣立ち、二人きりになった満潮音所長と助手の門馬知恵蔵。
事務所にはあいかわらず、難しい案件が持ち込まれるが……。
二人のその後の生活をご堪能下さい。

『幻視コレクション 想い焦がれる追憶の行方』に寄稿した「カインの神様」を再録、書き下ろしもしています。
2018年夏の新刊です。

この第三巻は、旧約聖書を下敷きにしたBLミステリです。創世記、列王記、ルツ記、ヨナ記を下敷きにした5編の物語を収録しています。著者はクリスチャンではありませんので、宗教的な要素は低めというか、素養も必要ありません。聖書の気楽な案内書ぐらいの気持ちでお楽しみ下さい(ちなみにロトとソロモンとルツに関しては原典に完全に同性愛要素があります)。

書き下ろし以外の冒頭はこちらで試し読みできます。
https://www.pixiv.net/series.php?id=976688

 第三話「ロトの人柱」

「満潮音純さんですか」
 その朝、すこし寝坊した満潮音が、事務所のドアにかけた看板を表に返そうと外へ出たとたん、変に色の白い優男が、慇懃に声をかけてきた。昏く鋭い眼差しを向けられて、満潮音はいささか声を硬くした。
「どちらさまでしょうか」
「噂通りというか、輝くような美貌とは、貴方のような人をいうんでしょうね」
 満潮音も鋭い眼差しを返した。
「ご用件はなんです?」
「ご相談に乗っていただきたいことがありまして」
「僕に仕事の依頼ということですか」
「ええ。外では話せないことなので、中へ入れていただけないでしょうか」
「いいでしょう、お入りください」
 応接室で男は深々と一礼し、名刺を取り出した。
 満潮音は受け取って、怪訝そうな顔をした。
「二見縁司さん……東京クイア・パレード代表、ですか」
「はい」
「あなたが、ゲイ・パレードの代表者だと?」
「それが何か」
 満潮音は目尻に指をあて、
「いや、知っている人と違うもので」
「ああ、諸戸さんをご存じでしたか」
 満潮音は、名刺を胸ポケットにしまった。
「いや、僕もその方と面識はありませんが、お若い方ではないはずだな、と。もちろん、代表者が交代するのは、よくある話ですし、今では地方でも行われていますし、複数の人間が代表者であるべきものですが……まあ、立ち話もなんです、こちらへどうぞ」
 満潮音は二見にソファをすすめ、自分も座った。
 二見は浅く腰掛け、身を乗り出すようにして、
「ところで、そこまで知っていらっしゃるからには、満潮音さんには今さら、ゲイ・プライド・パレードがどういうものか、ご説明の必要もないかとは思いますが」
「そうですねえ」
 満潮音は一瞬、目を細めて、
「参加したことはありませんが、一種のデモ行為と理解しています。日本でも、二十年ほど前から毎年のように行われていますね。同性愛者というのはフィクションの中だけでなく、身近に多数存在しているのに、いないもののように扱われていて、差別もなくならない。それに対する抗議として、己の存在をアピールしたいゲイと、その支援者が、ゲイとしてのプライドを示すお祭り的なものと理解していますが、そういう認識でよろしいでしょうか」
 二見はうなずいた。
「そこまでご理解いただけていれば、充分です。今年は東京クイア・パレードの名で、十一月の連休に行います」


「ヨナの怒り」に迷い込んで
過去の暗殺事件を調べるうちそれがシーザー暗殺の反復であることを発見する短篇がボルヘスにありますが、神の命令に逆らう同名のモデルをなぞる与名氏の遍歴にもそんな趣があります。もっともボルヘスの原作は、幻想的な結末に変えたイタリアの映画監督と違い、事件が或る合理的な目的のための“作り物”であることを示すので、映画版の原題「蜘蛛の戦略」の方が与名にはふさわしいかもしれません。なにしろ休暇に出たつもりが探偵の手の内であやつられ、行先変更した筈がかえって相手の用意した蜘蛛の巣のような包囲網にはまり込むのですから。この戦略はあまりにも大がかりすぎ“作り物”すぎるのでリアリズムなどはなから無縁ですが、かといって幻想小説でもなく夢落ちでもありません。何もかも見えているガラス張りのバスルームの設計者として現れる与名の、登場以前に隠されていた秘密を読者は知ることになります。実を言いますと私はこの小説の特異な読者です。なぜなら最終稿マイナスn稿を作者からこれでわかるかと見せられて、さっぱりわからず苦しんだからです。手がかりを増やされた結果であるこの小説についてぜひ他の方の感想を聞きたいものです。
ところで与名をあやつる満潮音は彼自身あやつり人形ですね。ゆるく巻いた淡いいろの髪、いつも三つ揃いのスーツ姿で汗もかかない美貌は、日本人離れしたと形容されていますがむしろ人間離れでしょう。年をとらない美しい人形。誰の人形なのかは心あたりがあります。探偵小説の創始者はサクラ二人に騒ぎを起こさせて盗まれた手紙を取り戻し、その継承者は現実にはありえない大がかりな仕掛で写真を取り戻そうとしましたが、満潮音さんの蜘蛛の戦略も(特に非現実性において)これを継ぐものです。還ってきたホームズは自分たちの冒険をfairy storyと呼んだものですが、こうした物語の作者は誰でしょう。ホームズの場合は周知の通り、デュパンの場合はパリで彼を囲っている外国人の小説家です。であれば満潮音の登場する小説を書いているー実際にあった素材から再構成しているーのも、事務所で彼を待つ恋人と考えるのが自然でしょう。こうしたことを言うのは、彼らの物語がミステリという通俗的なジャンルとは無関係に、探偵とその親友との関係も含めて極めて正統的なものであり、鳴原さんが創始者たちの衣鉢を継ぐまっとうな作家だと主張したいからに他なりません。
推薦者鈴木薫

期待に答えて予想を裏切る
ツイッターでいただいた感想を、一部抜粋して紹介します。


鳴原あきら「カインの神様」読了。これはいい、いいですね。何がいいって、中盤までどんなジャンルの話なのかさっぱりわからない。ずっと二人の四十男の職場相談が続くだけ(というと語弊があるけど)。ただ、何やら裏があることだけは匂わせている。
そして終盤、ある一瞬に、パッと視界がひらける。ああ、そういう話だったのか、と。無駄な要素と思われたものたちがすごい勢いでカチカチ嵌っていって、爽快感を感じます。いわゆる、期待に答えて予想を裏切るというやつです。(水池亘様)
推薦者鳴原あきら

これはいい、いいですね。
ツイッターでいただいた感想から、一部を抜粋します。書き下ろし部分の感想もお待ちしています。


「カインの神様」鳴原あきらさん 役所に勤める阿部。形式的なはずの職場相談の日、相談員として現れたのは場違いなほどの美貌の男で── 阿部たちの労働環境には身につまされるものがありますね……。本筋には関係ないけど阿部と母親の二度の朝食風景の対比も刺さるものがあります。
甲斐の気持ちを阿部が知っていたら、もっと上手い言い方をしただろうけど、結局は同じ結末が時間をおいて訪れるのかな、と想像しました。 聖書のカインとアベルのエピソードが使われてありますが、うっすらとしか知らない私でも楽しめます。
創世記を知っている人には分かるネタが他にも仕込まれているとのこと。 また、美少年興信所の一冊目を読んだ身としては、あの満潮音さんがお仕事してる……何か良くない事が起こるのでは……と勘ぐってしまいました。(こちらも、未読でも全く問題なしです。)(きよこ様)

『ロトの人柱』読みましたー! おっと買っていたもののなかから一番上のを取って読んだらシリーズの途中からでした。けどおもしろかったですー! ミステリ仕立てのストーリー展開の中にふと現れる萌えにズガンと来て登場人物たちのこともっと知りたい(壬生キヨム様)

「ルツの夢」読了しました〜。「美少年興信所」スピンオフのシリーズですが単品でも読めるとお聞きして手に取ったのですが、ミステリーと大人の恋と思惑が飛び交う展開にドキドキさせられっぱなし。面白かった〜! 
聖書の「ルツ記」とミレーの「落ち穂拾い」がモチーフとされていて、読むと成る程とわかる装丁とリンクしたお話仕立て。上品で知性溢れるキャラクターたちの思惑が行き来する流麗な文章運び、ミステリー仕立てで紐解かれていく物語運び 
そして何より、仕事上とプライベートでもパートナー同士である満潮音所長と知恵蔵さんの関係性が! さらりと殺し文句を言ってしまう情熱的な二人の仲がとても素敵なのです。彼らを取り巻くゲスト陣もまた謎めいて美しく華々しい…(高梨來様)
推薦者鳴原あきら