出店者名 バイロン本社
タイトル 祝祭 カルネヴァーレ
著者 宮田 秩早
価格 500円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
12世紀、交易都市ヴェネツィア

海の都で生まれ育った商人の娘は、遠くピレネーを想う吸血鬼と出会う。
これは、人と人でないものたちが《祝祭》へと至る物語

《舞台設定等》
12世紀ヴェネツィア共和国を舞台にした至極甘めの恋物語です。
おのおのに行き詰まってしまって、どこか諦めを抱いているひとたちが、出会うことによって幸せになる物語。
全編全年齢対象ですが、恋愛ものっぽく、若干の性的な描写も含んでおりますので、そのあたりに潔癖な方はお気を付けください。

A5/256ページ

 星が瞬いていた。
 その瞬きは、青年に遠い過去の痛みを思い出させる。
 黄昏のとき、最後の残光たゆたう空を映したかのような深い紺青の瞳はどこまでも物憂げで、そして、どこか哀しげだった。
 満ちた月の光が水面に輝く。
 それは、百万の星が水路を埋め尽くしているかのような輝き。
 威尼斯
 十二世紀のなかば、アドリア海の女王と讃えられる海の都……交易都市。
 運河にひろがる月の輝きは、その若々しい国の隆盛を謳うかのようだ。
 ジュデッカ島の水路に繋がれたゴンドラの船底に身を横たえ、青年は思う。
 そう……ここでは、星は瞬くものなのだ。
 仏蘭西と西班牙の境、いまもバスクの民、ナバラ王の護るピレネーの蒼き峰から見上げる星空。
 あの月の光さえ凍るような澄み渡った空とは違う……
 十月の清涼な夜風が水面を吹き渡る。
 その風はあくまでも優しく、青年を追憶の岸辺へと誘うかのよう。
「あの、この船、貴方の船ですか?」
 凜と降ってきた声に、青年は気怠いもの思いの彼岸から、此岸に引き戻された。
「いや、違う」
 億劫げに船底から身を起こして、青年。
 長い黒髪を煩わしげにかき上げて、声のしたほうを見遣った。
 視線の先には、船縁に手を掛けて岸辺にしゃがみ込んだ、娘がひとり。
 ずっと駆けてきたのだろう、ずいぶんと息が乱れている。
 見開かれた瞳の色は、温かな榛の色。
 蜂蜜色の柔らかな巻き毛が、茶色の粗末な男物の僧服の頭巾から零れている。
 わずかに若葉の気配がする榛と、明るい巻き毛のその色彩は、青年にピレネーの春を思い起こさせた。
 遠い場所、遙かな時の向こう……彼から永遠に失われてしまった……祖国の春。
 もはや決して手にすることのできない幸福の記憶が、名残の春雪のようにひやりと青年の魂に降り積もる。
 あるいは……かつて魂のあった場所、その冥いうつろに。
 青年は、すでにその雪を溶かすだけの熱を、その身に、そのこころに宿していない。
 だから、欲しくなるのだ。
 降り積もるばかりの哀しみを溶かし、諦観と倦怠に凍える躯を慰める……ひとのぬくもり。
 喉が……渇く。
 青年の紺青の瞳に、紅の灯がともる。
 身のうちに呼び覚まされた渇きがともす、熱のない炎。
「ごめんなさい」
 意を決したように、娘は船に飛び乗った。
「かくまって」


華やかなりし夜
12世紀ヴェネチアを舞台に、亡国の王と商家の娘が出会い、取引し、ともに時間を過ごして結ばれる、甘々らぶらぶの歴史ファンタジー。FT好き、歴史好き、吸血鬼もの好きな方に宮田作品入門としてお勧めできる一冊です。

大作ですが、導入部の邂逅から、信頼をめぐるやり取り、絢爛な夜の住人と堅実かつ質素で現実的な昼間の生活のギャップ、当時の風俗や文化、失われた国の過去語りなど、ストレスのない展開で一気に最後まで連れて行かれます。まさに満漢全席。すごく贅沢な読書体験でした。

聖書を暗唱する吸血鬼ガルシアと従兄弟のアシエルのぶっ飛んだところを、シルヴィアの生活感あふれる可愛さが埋めてくれる(そしておじショタことヘルメス君が適宜ツッコミをくれる)関係がともかく面白いのでそれだけでぐいぐい読めます。クライマックスの仮面祭のシーンは圧巻!
推薦者凪野基

決断は誰が
かわいい人間とかわいい吸血鬼しかでてきません。ザ・ロマンス、なのにどこか愉快。

シルヴェラが勇気と思いきりで生きてて、そのくせ銭勘定はするとこkawayui〜。
「男勝り」ではないけど時代背景考えたらすごい行動力だし、つかみ取るもの施されるもの決断の難しさ、そういうものが淡々と丁寧に綴られていて、読んでいてほっこりワクワクしてました!マジこーさあ、女を武器にしてないのに柔らかくてあったかいのっていいよねー(心のおっさんがむせび泣いてます)。そんでめっちゃラヴかった。いっちゃいちゃだった。ひゅー。

歴史改変(架空)ですし私は歴史浅いのであまり言う言葉はないんですが、『王』というパーツがどういうポジションなのか、歴史物だと語られることが多いですけど、こちらもまた亡国を抱えて生きる苦悩が描かれていて、『国とはなにか』を問う物語でもありました。舞台の威尼斯にしても、いろいろなるほど、と。
そして選択を迫られる中、動いた人物は意外ではありましたが、覚悟が厳しい。ともするとそれは余計なこと。それでも、たとえ憎まれても、為すべきことを為す。難しいところだけど認められてよかった。

あと「彼」はお式の描写に出てこなくてなんで?って思ってたらそんな可哀想なって…笑ってしまいました。

だいたい笑っていられます。分厚いけどすっきり。なぜかカラーページも充実。ラヴをもだもだ楽しみたい方ぜひ。
推薦者まるた曜子